2017年08月04日

26〜28日


26日

いつものように7時に出発する。

ところで中国では国の中で時差が無い。

あれだけ大きな国土なのに時差が無いというのは

少々強引というか、中国らしいというか。

故に、北京時間を新疆でも採用すると

朝7時頃明るくなって、午後10時にくらくなる

という変な状況が起きる。

すぐ隣のカザフスタンは2時間遅れのUTC+6なので

朝5時に明るくなって、夜8時に暗くなるので

こちらがまともと言えばまともでもっともである。

さて、そんな中国もあと残すところ数日。

コルガスまで(国境の町まで)300キロ

となった

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薄暗いうちから走るので午前中には

80キロをゆうに走って

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135キロ走って疲れたので高速沿いに現れた林に

入って日没までやり過ごす。

日没後に、キャンプ。

27日。

今まで標高も300〜400mだったけれど

今日は中国最後になる峠が待っている

標高およそ2200mまで登る。

登るといっても緩やかな登り広大な世界を

延々と登って行く

坂の手前のサービスエリアで補給をする。

ところで中国の高速道路のサービスエリア。

本当にショボい。やっぱり社会主義国上がりの

資本主義といった感じで、やる気が見られない。

商売っけが無い=サービスが充実していない=品揃え

も悪い=ショボい。

それに比べて日本のそれは凄まじいほど充実している。

大手民間企業の進出によってサービスエリア自体が

ドライブや小旅行の目的地になるほどの充実ぶり

いくら中国経済が成長を続けていたとしても

それは国土や人口がデカいからと言う理由だけ

だと思う。生え抜きの、あるいは資本主義社会で

お客に満足を売る分野で叩き上げて来た日本の経済、

事にその内容や質においては中国よりも何十年も先を

走っていると思った。

さて、補給を済ませるとすぐに登りが始まった

遠大な坂の先が遥か彼方前方の上の方に見える

幸い傾斜も緩やか、向かい風も無いので

順調に登って行く。

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昼を跨いで何度も休憩しながら50数キロ

標高1700弱まで登って来た

疲れたので今日は早々にキャンプする事にした

ここら辺は民家も無いし、標高も登ったので

日陰になれば涼しい。

幸い曇って来ていたのでテントを張っても

十分過ごせるので3時頃キャンプ決行!

久しぶりに涼しい夜が過ごせた。

翌28日、中国走行最終日。になった日

残り500m程ダラダラと登って

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賽里木湖という大きい湖に出た

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結構大きく、とても奇麗だ

湖の手前にサービスエリアがあったので

補給しようと入ったが、サービスが無い

やっていない。ガソリンスタンドにも売店無し

本当に何とも中国らしい。

残り水が1.5ℓを切ってしまったけれど

今日はあと40キロも走れば町に出る

のでなんとか行けるだろう

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とても奇麗な湖面に遠くの方の山脈が映える

湖に出てからはほとんど平坦な道を行く

最後にトンネルが現れて一気にダウンヒル

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途中に現れた大きな橋

下りきったら800m前後

最初のサービスエリアの売店で補給休憩して

一気に国境の町コルガスまで走った

町に入って中国最後となる宿を取った

298元およそ5000円もしたけれど

残った中国元消化の意味もあり、走行お疲れ様

の意味も込めて5日振りに宿どまりである。

近くの食堂で最後の晩餐

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拌麺で〆た中国だった。

いや〜やっとおさらば中国。

走りきってやったぜ中国!

もう二度とチャリでは走らないぜ中国!笑

2017年7月26日、走行135.76km。

2017年7月27日、走行 58.32km。

2017年7月28日、走行128.32km。
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2017年08月03日

さすが中国人


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朝、6時に起きた。

昨日の晩、寝る前に彼が何時に起きる?

というので6時と言った。そしたらOKとの返事。

だがしかし、翌日起きる気配無し。

自分は淡々といつものように支度して

7時前には準備完了。

隣で音を立てながら作業していても起きる気配なし

次第に明るくなって来て、公園に散歩しにくる人が

多くなって来た。

 7時半過ぎ頃だろうかしびれを切らしてテントに近づき

声を掛けたら起きて来た彼。

準備の済んでいる自分を見てGoodと親指を立てる。笑

すぐに撤収に取りかかって支度を済ませてLet's go!

町の外れの食堂で朝ご飯を食べて行くという彼。

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飯を食ってる最中に、

彼が、俺はここからチベットに向かう。お前は

ここからコルガスに向かう。これは最後の食事だ。

といきなり言い出す彼。

ま、その方が俺も気楽だし。何せ話が通じない相手

といるのは居心地悪い。

しかし、いつも一方的なものの言い方はさすが

中国人!と思った。

そんな事とは関係ないがここの食堂の店員の若い

お兄さん、めちゃくちゃ綾瀬はるかにそっくりだった。

男なのにそのまま綾瀬はるかの顔。笑えた。

とさて、ここで記念撮影

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店の店員に撮ってもらう。

ここで別れてお互いそれぞれの道へ。

この日はその後、高速G30号へ入って走る

気楽に走って、昨日150も走ったので100km

で切り上げて終了。

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こんな道路の下のドカン(勝手にそう呼んでる)

で日が暮れるまで休憩します。

西に進むにつれ、公安の検査ポイントが増えて来ている

特に町に入る時は高確立で検問があるようだ。

しかし、町に入らない高速を走って気がついたけど

高速上での検問はそんなに多くない。

気楽に走ってられる。

が、高速だとガードレールと有刺鉄線の囲いがずっと続くので

キャンプポイントが見つけづらいのと、日陰が無いので

休憩するのがしにくいという点がある。



2017年7月25日、走行100.75km。
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2017年08月01日

21歳年下の友達

 
4泊した乌鲁木齐を朝8時頃出る

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結局、お腹は朝、痛くなかったので出る事にした。

走り始めたらあまり飯を食らう事も無くなる(量が

減る)ので胃腸に負担はかからないだろうと。


ウルムチから出るのは成都ほど大きくないので楽勝だ

と思っていたが、立体交差する道路、高架の道を走ったり

となかなかヘビーな走行だった。

高速G30へ入ろうと思ったけれど、空港へ向かう省道

が高速に並走して伸びているのでこちらを走る事にした。

昌吉市という街に入る頃、省道が高架になっていて下に

降りる車が、直進する自分に対してクラクションをウザい

くらいに、というか全然邪魔になっていないのにならし

てくるので、頭に来て中指立ててやったら、運転手が

進路妨害して俺の前に車で滑り込んで来た。

怒って怒鳴りながらよけて進むとさらにまた同じように

前に滑り込んでくる。ウザい。

結局、言いたい事向こうが中国語で言って、その後何回か

邪魔したらいなくなったけれど、どう見てもお前が悪いぞ!

本当に中国があまり自分には居心地が良くないせいか

色々な粗が目立ってしょうがない。

さて、大丰(Da Feng)という町を過ぎた頃に

電車の線路脇に森を発見して、走行100kmそこそこ

でキャンプした。

 24日。

最近日の出が7時なので6時に起きて

明るくなるかならないかくらいでスタートする

ようにしている。この日も朝7時少し前に

支度して道に出た。

しばらく走ると石河子(shi he zi)というデカい

町をかすめるように走って

昼、丁度道沿いに現れた食堂で昼ご飯

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土豆丝拌面だったかな?

旨かった。右に映ってる具を面に絡めて

食べるスタイル。

昼飯後、快調に走って90キロを過ぎた頃

とある街中で一人の自転車乗りを追い抜いた。

向こうは止まってスマホで何やら写真を撮っている

最中だった。

 しばらく走ってるとこの自転車乗りが追いついて来て

話しかけて来た。もちろん中国語で。

中国語、話せないし分からないと言うと

外国人と察してくれたようで

かなり怪しいレベルの英語を駆使して話しかけてくる。

時折スマホの翻訳機能を使って何というか調べて

話してくれるのは良いのだが、発音があってないので

時々意味不明。数字の数え方さえ合ってない。

そんな彼は目指す方向が同じコルガス(霍尔果斯)

だと言う。その後、チベットのラサまで走ると言っている

大学生で今は20歳、夏休みとの事。

しかも、彼が言い出したのだが一緒にコルガスまで

走ろう。という話になって、とりあえず今日は

あと60キロ走った先の町に友達がいるので会いに行く

そこまで走って、シャワー&ディナーだ

という話ですでに90km走ってる自分にはあと60って。

しかも、それぞれペースがあるし走るスタイルもある

ので自転車乗りがペアランする場合は余程気の合った

相手でないと(意思の疎通はもちろんの事)しんどいだろ

と思いながら、、、訳の分からないこの展開を

最後まで行ってみるのも悪くないかな?と思いながら

OKしてみた。

俺は昼ご飯をとっくに済ませて腹減ってないのに

彼が昼飯にしようと言う。

英語で、俺はもう食べたからお腹いっぱい

といっても、通じない。

本当にお前、大学生か?俺は大学行ってないけど

高校レベルの受験英語で話してるんだぞ。と思いつつ。笑

結局、何度言っても理解してもらえないので

昼ご飯を食べようという話について行く事に。。。

が、町はもう終わってしばらく町の無いエリアへ。。。

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この後、30キロ程走って小さい商店で

ジュースを買って休憩。

お互いの連絡先など交換して、

再び走り出す。

自分よりも遥かに軽い装備の彼は軽快に

前を走る。追随する形で走る自分。

たまにはこういうのも悪くない。

結局150強走って

奎屯市(kui tun shi)へ来た。

街中の大きなホテルの前でここと言う彼。

??

友達がここに??

どうやら、内部施設が健康ランドのようになっていて

一定の料金でお風呂とご飯が食べられるコースがあるようで

友人家族とここで合う約束だったようだ。

自転車をホテルの前の指定された場所に止めて

中で風呂に入る。

風呂の後、1時間程待ってバイキング形式の

夕食

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これで一人39元と激安。

だが、食事はそれなりの内容。

食事を済ませた頃には日も暮れ始めた。

これから友人家族と別れて

自転車に戻って、キャンプ出来そうな公園を探す

という彼。笑

スマホ片手に探して、2つ目の公園で決まり。

今日は街中の公園で初キャンプです。。。

2017年7月23日、走行101.54km。

2017年7月24日、走行153.56km。
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2017年07月31日

乌鲁木齐にて


乌鲁木齐に着いた日。

街の中で急にお腹が痛くなった。

耐えられない便意に襲われて

街中で雑木林を見つけて駆け込んだ。

下っていた。その後、チャリに跨がって

なんとかホテルを見つけ投宿した。

シャワーや洗濯を済ませて、ネットで調べたら

カルフール(スーパーマーケット。確かフランスのチェーン店)

があったので歩いて向かう事にした。

道中1キロくらいの道のりだが、腹が重い背中の辺りが

重い。体がしんどい。

どうやら何かに食あたりでもしたようだ。

幸い吐き気やひどい下痢は無い。

なんとかスーパーで用をすませ宿に戻った。

治るまでゆっくりするしかないか。。。

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宿のすぐ側、ホント隣の隣くらいに行きつけの食堂を

確保。

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2日目の朝にはお腹の痛重いのも回復

したので調子に乗って食べていた。

食欲はあるので

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そうしたら、夜になると鈍痛がひどくなって

ダウン。

3日目も芳しくないので部屋で1日YouTubeを見ていた

見ていたのは昔の日本のテレビドラマ。

丁度バブルが弾ける頃にやっていた

吉田栄作主演の「もう誰も愛さない」

なかなか、バブル色の濃い仕上がりだが、

吉田栄作、若い時はめちゃくちゃ男前だ。

最近は見る影も無い程老けてしまったが。。。

それを見た後、同じく吉田栄作、南果歩の

「嘘つきは夫婦のはじまり」

続いて、「同窓会」という

斉藤由貴、西村和彦、高嶋政宏等出演の

かなりディープな内容のドラマ。これは3話

分しかアップロードが無かったので全部見られなかった

残念。その後は、織田裕二の「お金がない」

を見た。本当にYouTubeは凄い。運が良ければ

見たい昔のテレビ番組が見られてしまう。

CMがカットされてない場合は昔のCMすら見えてしまって

結構、思い出す場面に遭遇したりと面白い。

さて、当初、3泊の予定で予約を入れていた

宿、明日も延泊だな。と延泊申請に。

4日目。

だいぶ良くなった?いや、あまり変わりない。

結局、良くなかったのが、胃腸が傷ついているのに

食べ物を、健常時と同じように摂取するので

傷ついた箇所に負担がかかって腹痛になるようだ。

と気がついたのは、4日の晩の事だった。

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この日は「汉堡王」バーガーキングで昼食。

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明日、起きてお腹が痛くないなら出よう。

いつまでもこんなところでダラダラもしてられないし

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2017年7月20日〜22日、走行0km。
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2017年07月30日

乌鲁木齐へ


翌朝、早めに、未だ薄暗い6時に走り始めた。

風がまた、昨日のような状態にでもなれば

今日のウルムチ到着は難しくなるだろう。

ウルムチでの宿はネットで予約してあったので

なんとか今日着いてしまいたい。

走り始めて渓谷を川沿いに登って行くルート

きのうの野宿ポイントで標高800m

それが徐々に登って行き

渓谷を出る頃には1130まで上がっていた。

达坂城(da ban cheng)という町を遠くに見下ろしながら

気持ちのいい天気の中走る

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風は渓谷をでてしばらくすると吹き始めたが

そんなに強くないので時速13kmくらいで進む事が出来る

が、絶えず吹いているので漕ぐのが疲れる

自転車の最大の的は風だと今の自分は強く思う。

色々な負の要因、雨、寒さ、暑さ、上り坂、雪、悪路などなど

あるけれど、向かい風があるいは横風が絶えず強く吹いていたら

前に進むのに半端無く苦労するし疲れるからだ。

ま、それを思ったら今日のそれは優しい方なんだろう

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風力発電の風車が目に飛び込んでくると

嫌な予感がよぎる

昨日の最強風ポイントも風車がたくさんあった。

わざわざ風の通り道に道があるという現実をのろいながら

走る。が、原動機付き乗り物には関係ない様。

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遠くに駱駝が

野良?

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人間が周りに居なかった。

放牧でもしてるのか?

結局、なんだかんだ午後4時頃には126キロ走って

乌鲁木齐市内に入った

大きな町であるけれど、成都と比べれば可愛いもの

しかし、町に入ってから、お腹の調子が悪くなり始め

宿について一息するも

良くならず、下痢気味は下痢気味だったけれど

出しても腹が痛い。

昨日買ったパンがどうやら犯人のようだ。

せっかく休憩する町に着いたと言うのに、

その日は晩までというか夜中もお腹が痛くて

起きた。かといって吐き気も無い。

翌日、起きて治ってれば良いなと思いつつ

眠りについた。

2017年7月19日、走行、126.18km
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2017年07月29日

パタゴニアの風


南米パタゴニア。

この辺り、国道40号線を旅したとき

有名なパタゴニアの風の実力を身を以て知った

断続的に吹き荒れる風で有名な同地域。

それをこの日、再び味わう事になる。

そう、ここ中国で。

さて、2泊したホステル

自分は快適さを選んで個室に泊まったけれど

風呂便所が共用で、全ての部屋が中庭に面していて

一歩出ると共有スペースという様な作りの宿であまり

気に入らなかった。

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昨日の夕飯。

さて、朝8時頃宿をでて

目指すは180km先の乌鲁木齐(ウルムチ)。

2日で余裕で行けると高をくくっていた。

この日10時頃現れた

道端の商店で補給を済ませ

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快調に出る。

が、この後ルートは次第に地味に上り坂へ

しかも風が地味に向かい風。

初め地味に弱い風が吹いていたけれど

登れば登る程強くなって行った。

しかも上り坂。

時速12〜3キロで登れていたのが

次第に10キロ、9キロ

とペースダウンして行き

終いにはハンドルが風に取られて蛇行しながら

なんとか時速5キロくらいで必死に進むような

状態になって、途中、漕いで登れなくなってしまったので

仕方なく手押しで押す。

こうなると距離が伸びない。

夕方5時になろうと言うのに65キロしか走れていない

しかも、未だ上り坂は続くようだし

風も一向に弱まる気配がない。

ヘロヘロだった。最後の補給ポイントの

サービスエリアで水と食料を買い込んで

70キロまで走った。ルートは次第に渓谷

へと入って行く。ここで疲れて進むのを辞めた。

キャンプ場所を確保して明日に掛ける。

110キロ強。

風がなかったら全然余裕の数字だ。

後は風次第。

あれはまさにパタゴニアの風だった。

2017年7月18日、走行71.94km

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2017年07月27日

吐鲁番への道


朝、6時にスタート

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時々道端に現れるれんが造りのスケスケの建物

多分、ブドウを干して干しぶどうにする施設なんじゃないかな?

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この辺りの特産品がブドウ。

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一面ブドウ畑が広がる

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暑くて、雨の少ない場所のブドウなんて甘くて

美味しいブドウだろうなあ。

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そして、道は渓谷を一気に下るルートへ

標高は一気に限りなく0mに近づく

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そして渓谷を抜けると右手に現れたのが

西遊記でも有名な火焔山

暑い。

本当に暑い

標高がほとんど0に近いせいで余計に暑い

そう言えば、昨日休んでいた木陰で置いておいた温度

計を見たら50℃越えていたな。フフ。

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火焔山を過ぎてしばらく

やがて高速は吐鲁番の町に吸い込まれて行く

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ガソリンスタンド。

特に西の方にきてスタンドが有刺鉄線に囲まれ

はじめた。そんなに襲われるのだろうか?

治安に何の不安も無い中国で?謎だ。

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予約していたホステルに到着

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ここで2泊してウルムチを目指す予定。

この日の晩ご飯

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2017年7月16日、走行106.84km
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2017年07月25日

哈密へ


12日、充電式電池の充電や洗濯の問題が

でてきたので5日ぶりに宿を取る事に

哈密市へ向かう

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標識には高速道路G30の表示とともに

国道G312の表示が

一体どっちやねん!と突っ込みを入れたくなる

時々走っているとけっこう立派な道路の残骸を道の

脇に見かける。どうも、元々あった国道を潰して

高速を造ったようだ。

哈密へは午後3時頃着いた、朝、早く出たので

この日150キロ強走ったけれど、早く着けた。

宿屋は適当に町の中心街まで行って見つけた。

209元(3550円)と高い宿だったけれど

久しぶりだし、また、他を探して断れるのも面倒だったので

そこに決めた。

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近所の飯屋で拌麺を

久しぶりの宿どまりで洗濯したり、しらべものしたり

と忙しかった。

翌13日

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209元の部屋。

あさ、朝食が付いていたので食べてから出る事にする

時間が8時からと遅かったけれど、高速を走るので

ゆっくりスタートでも全然100kmは走れるから良い。

中華風の朝食バイキングを食べて出発。

出がけにパンクに気づいてホテルの裏の駐車場で修理

結局、出るのが9時半を廻ってしまった。

町の外れの国道312を走る。

仕舞いに高速に合流して強制的に高速を

走る事になるけれど

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この標識。

自転車、歩行者駄目。

さすが中国、矛盾だらけ。

翌、14日

哈密から次の吐鲁番までおよそ400キロ

4日で目指す2日目。

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サービスエリアで補給。

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この日商店に大きいペットボトルの水が無かったので

550mlペットボトルを10本も買った。

砂漠地帯の走行で気を使うのが水。

切れたら命取りだ。

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幸い、高速道路なので50キロも走れば

サービスエリアに出くわす。ので補給は

あまり心配ない。

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翌15日

吐鲁番まで200キロ

時々、砂漠地帯だけれども緑があったり

ぶどう畑が現れ始めた

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遠くに見える雪山の雪解け水が緑に潤いを

与えているようだ。

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ルートが下り基調であまりにも走れてしまったため

今日は昼前で走行終了。吐鲁番の宿をネットで予約

してあるので明日着ければ良い。

しかし、困った事に標高が下がって来た

せいで暑さが半端ない。用水の脇に生えた緑の

木陰で過ごしていたが、昼頃は木陰でもサウナのような

暑さに。

夜は夜でいつまでも地面から熱気が上がって来て

寝付けなかった。

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2017年7月12日、走行151.84km

2017年7月13日、走行113.34km

2017年7月14日、走行106.63km

2017年7月15日、走行 80.90km
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2017年07月23日

高速道路走行

 
10日、

瓜洲から柳园まではG312号線は完成しており

快適に走れた。が柳园以降は

工事中のため側道のダート道を走る。

側道と言っても、ダンプやトレーラーが

好き勝手に走って行くので、途中からの伸びる

サブルートがいくつか出現する時もあって、どこを

走っていいのか困る時もある。

この日は道は隣を並走する高速道路G30号を跨いで

居たため、高速を横切って向こう側へ行ったりと

結構なんでもありな中国だ。

しかし、午後、次第にトラックの姿も無く成り

ルートは岩山が点在するエリアに入る。

工事の状況は、途中からほとんどこれからのような

岩山を重機で削るような状態で、側道も、急な坂を

登って行ったり、遠くまで迂回したりと、

今までとは全く違う様子になって来た。

仕舞には工事関係者も見なく成って、

道は小さい丘を越えたら、次の丘が見えて、

を繰り返していた。果たしていつまでこれが

続くのだろう?その日は90キロそこそこ

走っただけだったけれど疲れたので工事現場で

野宿した。

翌日11日。

未だ暗いうちに出発。

丘を手押しで登る。

昨日はなんとかなる、なんとかすすまなきゃと

思っていたが、丘を3つ程手押しで越えたところで

これは予想以上に体力を消耗するのと、

時間がかかりすぎる。それに日中になって太陽が

登ったら、暑さでヘロヘロになって補給ポイント

まで到着出来るわけが無いと確信。

困っていたが、工事の車や関係者はこんな

何も無い場所へ(道も)どうやってアクセス

しているのか?と考えた時、すぐ脇を走っている

高速のフェンスが工事の為に所々、外されていた。

ここから高速に入って走ってやろう。

これを見たときひらめいた。

このまま、行っても水がつきて進めない。

戻るにしてもビザカウントや日程もあるので無理

これしか無い、もし、見つかっても、謝っておけば

先の見えない今よりは先に進めるだろうと。

早速高速に侵入して走り出した。

高速はそれはもう快適にフラットでスピードもでて

距離も伸びる。路肩は1車線分ぐらいあって広いので

怖さを感じる事無く走れる。

しかし、高速以外に道が工事中の道しか無いって

言う辺りが謎だ。工事前の古い国道すら姿が見えない。

そのまま走って快適に

次の補給ポイントへ着いた

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ここから新疆ウイグル自治区に入る

丁度ここに高速の収費所があってその向こうで

警察が人の出入りをチェックしていた。

いわゆるパスポートチェック。

ここでも何も言われなかった。

パスポート出してちょっと問答があって

それではい、行ってよし。

高速だけど、他に道が無いということもあって

どうやら走っていい高速のようだった。

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今日は疲れた。

2017年7月10日、走行94.06km

2017年7月11日、走行116.05km
posted by yutaka at 10:00| Comment(0) | 中国

2017年07月21日

嘉峪关から砂漠地帯へ


嘉峪关を出て一路西へ

この辺りから本格的に砂漠地帯に入って行く。

朝、町の外れまで来たところで

明時代の万里の長城の遺跡が国道沿いに見られた。

嘉峪关は昔関所があった場所で、明代の中華世界

の西の端、長城より西側は遊牧騎馬民族の世界という

事だったらしい。

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風化していて長城の高さも低い

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国道は長城を横切って作られてますが何か?

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なかなか、為になった。

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イスラム寺院。

これを見ると中国とはおもえなくなってくる。

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9日、

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昨晩の野営地。

工事中の国道312号線の排水溝で。

嘉峪关以降、国道が新規工事中になっていて

走れず、脇を伸びる工事用車両の走るダート道を

走らされて、結構大変だ。ダート道を走るトラックは

スピードを落とす事無く走って行くので、通過の際は

砂埃がお祭りのように舞い上がる。

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走ってるのはこんなところ。

この日は終盤に瓜洲という結構大きな町に

入って、食料品を補給した

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道は奇麗に成って、町の出口からも伸びていた

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気温は42℃。

暑いです。

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この辺りは風が強いようで、風力発電の風車がたくさん

立っていた。

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2017年7月7日、走行102.30km

2017年7月8日、走行100.75km

2017年7月9日、走行100.19km
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2017年07月18日

6日走行の後、嘉峪关へ


西宁を出て6日間。

5泊を全てキャンプで630キロ

走ることが出来た。

西宁以降はいままで走って来たどの中国の地域

よりも野宿場所が見つけ易く。と言う事は

無人地帯で畑も耕してない場所が増えたという

ことで、この点は大いに助かった。

自分のペースで走れるので、走りたい距離を走った

後に、キャンプ場所を探せる自由と言うのは自転車旅

に置いて大きな重大要素である。

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西宁から张掖までは峠があったり長い下り坂があったりと

したが张掖以降はほとんど平坦で、砂漠地帯へと

突入する前触れのような雄大、広大な景色の中を

ひた走るルートだった。

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2日の野宿場所。まだ雨がちで夕方から降り出した雨は

翌朝方まで降っていた。

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まだ、標高3000mの世界。

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3日の野宿ポイント。

この日は丁度、民乐县洪水镇という街中の空き地でキャンプ

したけれど夕方にやはり雨に降られた。

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4日目の野宿地。

张掖を越えて標高も1400m台まで降りて来た。

砂漠地帯が始まりそうな植生。

空き地も広大で野宿地確保に困らない。

そして、5日目。

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広大な開けた世界を走るルート

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多分これは昔の遺跡。

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この日は乾いた川で野宿決行。

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この日、リアのタイヤの側面に剥離亀裂を発見。

12500km程走って来たのでもう寿命か?

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とりあえずデンタルフロスの糸で縫い合わせて補修

してみる。

翌日90キロ強走って

嘉峪关の町へ。

6日目で充電や洗濯も溜っているので

宿を取った。

色々廻って、ホステル?っぽい宿で138元の

シングルの部屋に投宿。

この日は他にもやる事が。

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フロントキャリアが西宁空港で組み立てたときに

破損していた。とりあえず組み立てて走ってみたら

走れたので6日放置して走って来たがさすがに

直さないと不味いだろうと溶接屋を探して

溶接依頼。

簡単に10元で仕上げてくれて

出来映えもGoodだった。

久しぶりの飯屋

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6日連続野宿走行のご褒美。

2017年7月2日、走行105.31km
     7月3日、走行133.66km
     7月4日、走行124.99km
     7月5日、走行103.67km
     7月6日、走行 99.79km
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2017年07月12日

ブログ更新滞ってますが


ブログの更新が滞ってますが、西寧以降

連日キャンプで6日目に嘉峪关。

さらに6日目で哈密まで来ました。

7月12日現在、哈密です。

連日キャンプでネット環境が無いので

更新出来てませんが旅は順調に続いております。

明日から4日で吐鲁番で吐鲁番で2泊して

その後、乌鲁木齐へ。ここで3泊程ゆっくりする

予定なのでここの辺りでブログ更新したいと思ってます。

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現在、新疆です!
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2017年07月08日

決断の日


翌日、6時頃起きた。

同室の男性は自分が起きたと同じ頃起きて

荷物を持って出て行った。

ので自分もすぐに支度してロビーに降りて行った。

朝食がビュッフェ形式で食べられるので

部屋の番号を書いて、朝食を食べる。

食べている間、見ていても、クリスタルとボーイフレンド

の姿は無い、昨日のお坊さんの姿も。

大体空港や航空会社側も翌日何時にとか

いう話も全く無い。

だからといってゆっくりもしていられない。

朝食を済ませて、

荷物を荷物預かり部屋から出して出発を待つ

時間が7時になっても、8時になっても

2人もお坊さんも降りてこない。

一度教えてもらった2人の部屋まで行って

みた、ドアに「Don't disturb」の札

がかかっていたがノックしてみた。

が、気配はあるようだが出てこない。

ま、居るようだし、と思って再びロビーで

待つ。けれども、本当に中国らしいというか

なんと言うか、お客もバラバラだ。朝食を

早くとって出て行った(多分バスで)人たち

言葉がわからないので聞くにも聞けないし

分からない。

出発を自分と同じように待ってる人、まだ起きてすら

こない人。

走行してるうちにお坊さん2人が降りて来た。

と、これから朝食らしい。

そしてバスが来て乗込むお客たち。

自分も仕方なしにこれに乗る事にした。

ま、くる時も数台で来たんだし。

向こうであえるだろうと思っていた。

荷物を今度は一人で運んで乗込んだ

空港に着くと先についていた人たちが

並んでいた場所にみんなで並ぶのだが

空港側とお客で擦った揉んだが始まった

また、言葉がわからないのでなんでもめているのか

分からない。大声で主張し合う客と空港職員、

しまいには警察まできて何かやっている。

結局、一旦落ち着いて、窓口が全く反対側になったらしく

みんなで大移動。

移ったさき、ここでもなかなか手続きが始まらない

一体、今日何時のフライトで飛ぶのだろう?

時間は9時を回っている

擦った揉んだがまた始まって、言い合いする

客と職員。

それを見ていて、出た!!中国!!

と思っていたが、大体、昨日着けなくてすいませんでした

とホテルまでとって客全員をもてなして翌日目処も立って

無いってことあるのかな?と思っていた。

時間はもう11時。

さらに不思議な事に、朝食へ行ったお坊さんも

クリスタルたちも来ない。

それに、どう見ても、乗客はここで待っている

意外にももっとたくさん居たのに

みんなどこに行ったのだろう。

まだ荷物すら通ってない状況に

もし今日飛べても昼過ぎになるだろうなと思った

困った、何もしないで1日つぶれる

ビザのカウントがあるのに。

そう思ったときタブレットを開いていた。

地図のアプリケーションで中国〜カザフスタン

の国境までの距離を測ってみた玉树からだと

2800キロ強、そしてここ西宁からだと2400強。

玉树の方が西にあるのに南の方に位置している為

遠い様だ。しかも標高4000mの世界。ビザカウント

残り36日。近い方が余裕がある。西宁は2400m

くらい。ここからもし走ったとしてシルクロード沿いに行けば

標高も下がって山道でなくなる。そうすれば距離も伸びる。

そう思ったら、なんか玉树には呼ばれてない気がした。

2回もフライトが遅れて、やっと飛んだらとんぼ返り。

しかも、翌日はこの有様。

何よりも言葉がわからんし聞くにも聞けないし人任せ

運任せのこの状況が嫌で嫌で、2週間強も止まった自転車

の旅が走り出せないのも嫌で嫌で

そしたら自然と荷物のカートを押して黙って列から

去って行く自分が居た。

さっきからコーヒーが飲みたかったんだ。

そう思って空港内のコーヒー屋へ

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アメリカーノを頼んだ48元(816円)も

するアメリカーノだったけれど

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飲みたかったので頼んで一息ついた。

そしてカートを押して外に出て

自転車、荷物を箱から出して

組み立て始めた。

作業中に男の人が話しかけて来た

一番隅っこで作業してるのに彼はなんで

ここで俺に話しかけて来てるのか不思議だった

けれど、中国語が話せないと言ったら

分かる範囲の英語で話して来た。

日本人だと言うと

何故かスマホから音楽を出して来た

日本の歌。玉置浩二のワインレッドの心だった

これが好きなんだと彼が言いながら

玉置浩二が歌っていた。

1時間ちょっとかかって荷造りも終わって

最後まで側に居た彼にお別れを言った

彼が「Good Luck」

と送り出してくれた。

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今日の西宁は快晴だった。

雨がちなチベット高原とは大違いのいい天気

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久しぶりの走行で心も弾む。

空港は西宁の町よりも東に20数キロのところにあるので

ルート的に西宁の町を一度通るルートになる。

町中を通ってしばらく走る。

誰かが西宁以降、西進ルートはキャンプ可能と言っていたが

確かに民家が途切れて、畑でも何んでも無い森が現れる

ようになった。今日は午後からの走行だったし

早めにキャンプしよう。そうおもって野宿場所を

確保。

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こんなサイト、中国に入って初めて出会った。

これからこんな感じだといいな

2017年7月1日、走行63.35km。
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2017年07月06日

6月30日


空港へ行くため朝4時半に起きた

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迎えのバスが5時半に宿の前にやってくる手はず

になっているので。

自分のフライトは午前8時35分だ。

だが、何があるか分からないので3時間前にには

出た方が良いという宿のスタッフの言う通りに

5時半のピックアップをお願いした。

インスタントではあるがコーヒーを淹れて

朝食の代わりとする。今日は公共交通機関での

移動と成るのでなるべくトイレに行かなくても良いように

朝食は食べずにでる。

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長々とお世話に成った宿の部屋。

狭いけれど快適な設備がしっかり整っていて

とても快適だった。10泊したのか。

階下に荷物を運んで

チェックアウトを済ませバスを待つ。

5分くらい前にバスが来て乗込んだ。

バスは空港まで3軒程別のホテルを梯子して

お客を他に2組載せて空港に向かった。

空港に着いたのが6時半頃。意外に1時間も

かかっていた。

荷物をカートに乗せターミナルビルの中に入ろうと

するが、荷物が大きいのでなかなか苦労する。

飛行機で飛ぶのは実に5年ぶりくらいで勝手も

すっかり忘れてしまっていた。

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ビル内をくるくる回ってチェックインカウンターを

探して見つけた。

早速、手続きをしようと窓口の係員に話しかけて

その旨を伝える。お客は他に若い女性が一人

自分の後に並んだ。

するとその女性が英語で話しかけて来た。

『多分、玉树へのフライトですよね?私も同じ

なんですが、フライトが遅れている様です。出発は

2時間遅れの10時40分みたいです。』

と。

そうか、それは仕方ないなあと思いながら、チェックイン

をしようとすると。

自転車の箱の計量で引っかかった。

箱の重さが48キロあった。

リミットは32キロと言う事で16キロオーバー

超過料金払うからと言っても、駄目と言う話。

窓口は中国語しか話さない。なのでさっきの女性が

間に入って通訳してくれた。本当に彼女には今日1日

お世話になりっぱなしだった。

窓口が言うには、中身を何か出して32キロにするか?

このまま運びたいなら、別の貨物会社に依頼するか?

と言う話。

中身を出して32キロにしたら出した荷物は?

と言う話だが、とりあえず16キロ分出した。

それでOKらしく自転車の箱は通った。

その前に17キロの手荷物を1個通している。

出した荷物は?と思ったら、それぞれ計量して

OKで預け入れ手荷物計5個になった。

それで超過料金が742元(12614円)

これを払ってチェックイン。

しかし、全部引き受けるなら中身出さなくても

良いだろ!と思ったりもしたが。

その後、自転車の箱だけ大きいので

カートで係員について行って運ぶ。

運んだ先でX線検査機に掛ける。

この時もさっきの女性がずっとついていてくれて

通訳してくれていた。

X線検査の結果、ライターがあるとの事で

また開封して出す事に。

滅多に飛行機乗らないから、ライターが駄目な事

忘れていた。炊事用のライターが2個。1個はどこに

あるか分かっていたので取り出した。が、もう一個は

多分さっき出した荷物の中じゃないかな??

と思い再検査。

ライターが未だあるとの事で

再度開封。

通訳役の彼女は苦笑いしてた。

係員の指摘した辺りを探して発見。

再検査。

未だライターがあるとの事。

「はあ?もう無いんですけど」

しかし、この辺りにあるという指摘

の箇所を探して、ひょっとしてこれか?

と思って、ガス用のアウトドアバーナーの

先っちょ(ガスボンベは持っていない)を出して

「これはライターじゃないぜ、お姉さん!」

と見せた。取り出した状態で再検査。

それでもう無いと分かると犯人はこれか?

とバーナーの先を持って奥の方に聞きに行った

係官。

戻って来て、「これはOK」

と言う話でやっとチェックイン終了。

擦った揉んだで時間はもう8時くらいになっていた。

助けてくれていた彼女曰く

「フライトが遅れていて良かったね」と

確かに。

フライトがおくれたのでさらに2時間強待つ羽目になった

その間、彼女とお互いの事を話した。

彼女の名前は、中国語名を聞いたが難しくて覚えらんなくて

そしたら英語名を教えてくれた。なぜ英語名があるのか知らんが。。。

名前はクリスタル。

英語を話す事、顔立ちが漢民族に見えなかったこと、そして

玉树なんてマイナーな空港に飛ぶと言っていることから、

最初、チベット人か何かと思っていたが、会話が進んで行くと

家は成都で玉树へは旅行で行くのだと言う話。

そして学生で学校は上海の側にある所に通っている

と言っていた。そして、フライトのトランジットで停まる

西宁で友達と合流して一緒に旅をするらしい。

自分は自分の旅の事、今までの旅の事など話した。

彼女のお父さんも自転車で国内を旅しているという話

で写真を見せてくれた。

そんな話をしていたら搭乗手続きが始まるであろう

時間になっていた。が、一向にアナウンスが無い。

不審に思った彼女が聞いて来たところ、搭乗口が変わった

とのこと。で、急いで建物の全く反対側65番へ急ぐ。

着いてみて、カウンターに居た職員に聞きに行った彼女。

戻って来て、曰く

「さらに2時間遅れて12時40分になったらしい」

とのこと。

苦笑いしか無い。さすが!中国!

さらに2時間待つ間、航空会社がみんなに弁当と

200元(3400円)の払い戻しをして来た。

迷惑料みたいだった。

200元受け取る手続きをして、弁当を食べて

1時を回っていた。

1時過ぎてると言うのに、館内のアナウンスが

TV9598便が遅れて12時40分発になった

と何回も繰り返してるのは、中国だからか?

そして間もなく搭乗。

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遅れに遅れまくったフライト

乗り継ぎ便なので4時間弱かかる。

故に、到着は5時過ぎ。

空港についてチャリ組み立てて荷物まとめたら

6時は過ぎる。

予定が狂った。困ったな。

乗り継ぎ先の西宁までは1時間20分くらいで

着いた。そこで30分程待つ。

ここでクリスタルの男友達が登場。

長身のドイツ人で欧米人に珍しく中国語も

少し話せるという彼、英語はぺらぺら。

いや〜すげ〜。

でちょっと談笑して玉树行きに乗込む。

フライトは1時間ちょっと。

あっという間だった。

が、またまたトラブルが!!

空港に着く直前、

天候が悪いため着陸出来ないので西宁空港まで

戻るというアナウンスが流れた瞬間

機内の乗客から呆れたようなため息が。

再び西宁の空港まで1時間強掛けて戻る事に

結局空港へは6時過ぎに着いて

飛行機からは降ろされ、

預け入れた手荷物も返され、

どうなるのか!?と思ったら

空港が用意したホテルに移動して後日

再フライトとの事らしい。

というか、荷物のデカくて重くて多い俺は

本当にめんどくさくて、このまま空港で泊まりたい

と思ったくらいだったが、クリスタルとボーイフレンド

が手伝ってくれてバスに載せ、

ホテルへ。ホテルについてからも荷物を手伝ってもらって

下ろす。

宿は2人一部屋らしく、俺は知らない中国人と一緒の部屋

だった。ホテルの食堂でご飯も出た

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ご飯のテーブルでクリスタルとボーイフレンド、そして空港で

話しかけて来たチベット仏教のお坊さん2人

と一緒になって英語で会話が進む。

このお坊さん、多分60歳くらいなんだけど

話好きで、チベット仏教のこと、お釈迦様の

生まれた時の話など多岐に渡る話題を熱心に

流暢な英語で語っていた。ドイツ人のボーイフレンド

は医者の卵でなかなかの博識家、仏教の話を

熱心に聞きながら色々質問していた。

結局23時位まで話は続いた。

今日は貴重な体験だった。

いろんな事も偶然のように見えて必然。

出会いに感謝の1日でした。

2017年6月30日、走行0km。

フライトは西宁空港まで700キロ強。
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2017年07月02日

適材適所


30日のフライトまで成都で過ごす日々は

今日を入れて2日と成った。

今日はフライトに備えて自転車や荷物を梱包するための

段ボール箱を今日は確保するため

午前中9時前から町へ。

最初に断っておくけれど、写真をもっと

撮りたかったけれど、本人が精神的にいっぱいいっぱい

だと、客観的に物を見る(写真撮ったり)ことが

出来なく成ってしまうため、写真んがほとんど撮れず。

これが反省材料だが。。。。。

さて、

最初に行ったのは、中心街側の自転車屋が軒を連ねる

一角。翻訳アプリの入ったタブレット片手に行ったは

いいが、ざっと見たところ、自転車が入っていた段ボール

が見当たらない。奇麗に処分してしまった後なのかどの店も

、結局5〜6軒、「自転車の段ボール箱を売って下さい」

という日本語の中国語訳を見せたが無いとの事。

今思ったけれど、訳す前の日本語が良くなかったのか?

翻訳アプリが旨く訳してくれてないのか?

多分、意味が通じなかったのかな?

言葉が行けないと、こちらの意思が旨く伝えられない

ので本当に面倒に思う。ドギマギする。

ちょっと心が折れそうに成りながら、

町を戻るように歩く、歩きながら他に

大きな段ボールを扱ってそうな店を探す。

最初に目に飛び込んで来たのは家具屋街

ざっと見てみたけれど、店舗には段ボールは無い。

それに中国の店舗ってバックヤードとかが無い店が多い、

だから、すぐに処分してしまうのかな?

次に向かったのは大型家電を扱う店が並ぶ通り

ざっと見回してこちらは行けそうな雰囲気。

大きなテレビや冷蔵庫など梱包を解く前の

製品や、解いた製品。在庫がたくさん置いてある

今度は、「自転車を梱包するので不要な段ボール

を売って下さい」という文を翻訳させてみせた。

一件目、無いとの事

二軒目、同じく無いとの事

三軒目、無い

四軒目、店の人が振り返りもせず、

物乞いかなにかと思われたのか?首を左右に

振って、無視された。

五軒目、無いとのこと。

これだけ店舗が並んで要らない箱くらいあるだろ!!

という気持ちが抑えられなかったが、多分

アプローチが悪いのだろう。

諦めて次へ。

その後、ウォルマートのバックヤード的なとこは無いかな?

とか、町を色々見ながら歩いたが、大きな段ボールがありそうな

店は無かった。もうすぐ11時だ。

宿に帰るように歩いて最後に宿の側に給湯器やキッチンを

扱う店が並んでるからそこで聞いて無しなら一旦宿で

作戦を練り直そうと思っていた。

そしてその前に、いつもとは反対方向に

町を北の方角に行ったあたりに自転車店が数件

あったのを思い出して、行ってみた。

ジャイアント(台湾の自転車メーカー)ショップ

だった。

さっきと同じ訳文をみせたら、店の人の反応は

傾聴しようとする態度が満点。

これは行ける!と思って、

思わず英語でI'm going to return to Japan by airplane.

日本に飛行機で帰るので。

と言ったが通じず。だけれど、外国人だと言う事は

分かってもらえたようで、タブレットの言語を見て

向こうがスマートフォンで日本語訳機能を使って

「日本語で話して」とスマホをこちらに差し出して来た。

そこで、「日本に帰るので段ボール箱が欲しい」と

言うと、分かってくれて、大きいサイズだけど良い?

と言ってみせてくれたのがドンピシャリ、俺の

探していた自転車の入っていた厚手の丈夫な箱。

タダでくれそうな感じだったけど20元払って

ありがとうを言う。

「また、中国に遊びに来て下さい」と

思わぬ歓迎の言葉をもらった。

教訓、やっぱり、餅は餅屋。自転車の事なら自転車屋。

それと、世の中いろんな人間が居る、全く相手しない人

相手してくれても我関せずの人、相手もして助けてくれる人。

こうしてちょっと苦労したけれど最後には無事ゲットして

宿へ戻る。

戻ってチャリを分解しはじめた。

作業をしてると宿のスタッフの女の子が側に来て

見ながら、色々話しかけて来た。ここはユースホステル

なのでスタッフのほとんどが英語を話す。

何してるのか?から始まり、どこへ行くの?

いつのフライト?何か手伝う事ある?

作業をしながら話してた。

一番助けて欲しい事は、フライト当日の空港への

アクセスをどうするか?大きな荷物の載せられる

様なタクシーを手配してくれないかな?

それが無理なら、どこでそう言った大型のタクシー

拾えるか教えて欲しい。と話していたら、

別のスタッフが数人代わる代わるやって来て

そのうちの一人が、フライトはいつで何時?

と聞いて来た。明後日で朝の8時半の便。と答えた

向こうが、あなたの荷物が大きいから、普通のタクシー

じゃ載せられない、その荷物を運ぶなら、荷物の料金も

含めて空港まで90元かかると言って来た。

こちらはいくらか買っても行かなくては成らないので

良いよと答える。

すると何やら受付の方で誰かと話し始めたスタッフ。

それを尻目に梱包作業を進める。

が、やっててびっくり、知ってはいたが

荷物が多い。これで全て丸く治まるのか?

結局、持っていた梱包用のテープが無くなってしまった

ので、買いに行かなくては作業が続けられず、

時間を見たら1時半。お腹もすいて来たので

昼食をたべに行きながら、テープを買いに。

朝飯を何も食べずコーヒーで済ませていたので

ここはガッツリ


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回锅肉!

何がガッツリかというと行きつけのこの店

おかずの回锅肉は18元で

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小さい茶碗5〜6杯分はある白米が

1元で食べられるのだ。

豚肉、ニラ、ピーマン、豆板醤。

辛くないし美味しい。

さて、ちょっと遠いけれどこの後

また沃尔玛(ウォルマート)まで行って

(だって、外国人でテープ売ってる様な店舗の場所

を知らないので)透明の梱包用テープを購入。

宿に取って返し作業再開。

蚊に刺されながら、梱包を続ける

自転車を入れ、極力、鞄や鞄の中身も

この中に隙間を見つけて入れて行く。

なんとか鞄1個を残して梱包を終えた。

そして、さっきの女性スタッフに

タクシーの件聞いてみたら、

読んでくれるようで、30日まで1泊ぶんの

延泊手続きと支払いとともにタクシーの手配と

料金支払いまで済ませる事が出来た。

ここまでやっとけばひとまず安心。

あとは手荷物の超過料金だけか。心配なのは。

梱包出来たけれど量る手段がないので一体

何キロあるのか?持ってみた感じはかなり重い

基準が無いので推測すら難しい。

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残ったバッグ残りのすべてを詰め込んで

完成。


と1階のエレベータを出たところの脇に体重計があったのを

思い出して、後で量ってみた。

大きな自転車が入った段ボールはラッゲッジルーム

に入れてしまったので計測出来なかったが、

残った機内持ち込み用のバックパックが

全部で9キロ(13〜5はあると持った感じ思ったけれど

分からないものだ)。

 そして、もう一つの、受託手荷物のほうが16キロ(

こっちも、20〜25くらいはあると思った)、だった

意外と自転車の箱も持った感じ重そうだったけれど

そんなに重くないのかも。。。。


 夕方までネット仕事して

夕飯に清真(qing zhen)の店で

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孜然牛肉盖浇面(zi ran niu rou gai jiao mian)

クミンを使った牛肉とタマネギの炒め物の乗った面。

その後、

宿で再びネット作業。

成都の生活も後、明日1日のみとなった。

2017年6月28日、走行0km。

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2017年07月01日

廻りだした歯車〜成都での日々〜


老宋国际青年旅舍で5日目の夜、

日本郵政のEMS追跡画面で確認したら、

昼間には未だ更新が無かったにもかかわらず

夕方4時前に「届け済み」の表示がされていた。

慌てて、宿の受付で確認してみると

日中既に届いていたようだった。

無事、補修部品を受け取った。

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明日、交換に14mmの六角レンチが必要なため、

工具を持っているような自転車店に助けを求めようかと

も思ったけれど、出先で他人にやってもらって、

何かトラブったとき冷静に色々対処しづらいと考えて、

町の工具街へ14mm六角レンチを探しに行った。

ネットで検索しておいた工具屋でタブレットの

翻訳ソフトを(オフラインでも出来るソフト)使って

14mmの六角レンチを探していると翻訳して

見せたら、一発で出て来た。値段を聞いたら

18元(306円)とのこと。

使い捨てのつもりで(あまりに大きいし、重いし

今必要な意外他に使い道が無い)即購入。

宿に帰って早速交換作業に入った。

やっぱり道具は必要というか有益と思った。

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ぴったりハマって回すと簡単に外れた。

これが今回ブッ壊れたフリーボディ。

もう、同じ物は廃盤で手に入らないので

今回互換性のあるという同時期の製品で

グレードが一つ下の製品で互換性がある

フリーボディで交換する。

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見た目はほとんど一緒、材質と少し形が違うが

取り付くはず。

交換してみて、取り付けるボルトの頭の部分が治まる

切り欠きが新しい部品の方が浅いので少し頭が出てしまう

さらに完全に締め付けるとフリーボディがスムーズに

廻らなくなるという現象にぶちあたった。

互換性が無い!?

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と、思って色々頭を巡った。

これは困った、また部材を再度取り寄せたりしていては

時間がもうタイムアウト(ビザの)になってしまう。

これは帰国して仕切り直すしか無いのか?

とも思った。

 もう一度外して良く見てみた。

ら、古いパッキングを取り除かずにそのまま締め付けて

居た事に気がついて、外し、再度取り付けてみた。

そうしたら、フリーボディをしっかり締め付けてみても

フリーボディは奇麗に回転し、機能は回復した!

あとは、ボルトの頭が飛び出てる問題だけれど

ここにハブ軸のベアリングが来て回転するのだが

この出っ張った頭の部分が組み付けて、ベアリング

に干渉せず奇麗に回転するのであれば修理完了で

次のステップに行ける。

 全て完成するように組んで行って、ハブ軸を回転

させてみたら、何と!スムーズに廻った。

ホイールを組み上げて奇麗に掃除してスプロケット

を取り付ける。そして自転車本体に取り付けて

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試運転に宿を出て1ブロック程1周して見た。

久しぶりのペダリング。空荷の自転車は異様に

軽く軽快に進み、ペダリングを止めると

小気味良いフリーボディーのラッチ音が

キリキリキリキリとリズムを刻む。

よし、完全復活した!

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全く同じ部材ではないにしても、DeoreXTという

最上位モデルから2番目のモデルの部材なので

耐久性においてそんなに柔ではないと思う

これで戦線復帰に一歩近づいた!

後は数日中に玉树へ飛んで走り出すのみ!

だけれど、昨日の朝、もちろん荷物が届く

前に、5泊の宿の滞在を3泊延長してしまって

いた(部材がいつくるか分からなかったのと、

届いてから少し余裕が欲しいと思ったため)

ので最低3泊後にフライトを探す訳だが、

午後からネットでフライトを探していた。

が丁度3泊後の29日では、早朝6時半の直行便

が18000円程であるのだが、時間が早いし

タクシーがあるだろうか?営業してるだろうか?

と思い、翌、30日を検索すると、午前8時半の

乗り継ぎ便だけれど、チベット航空の便が19000円

くらいで有る。この時間なら時間的にも早くないし、

タクシーは宿の受付で相談してみよう。

と思い、これで飛ぶ事にして購入した。

まだ、荷物、チャリを梱包する段ボールを手に入れたり、

荷物を受託手荷物としての規定範囲にサイズ、重さを

おさめるように梱包したり、空港へのアクセスを

手配したりと、やる事はあるけれど、

フライトの日まで確実に、用意して行けば良い。

「安心して最善を尽くす、そうすれば自分に

必要な結果が訪れる。」


が、しかし、成都、最初来たとき5泊したし、

今回もうすでに6泊であと、3泊延泊の30日

まで1泊しないといけない。いい加減する事も

新鮮ではなく飽きて来たので早く走り出したい!

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夕飯に重庆小面の店で「番茄炒蛋」の麺3玉

中華っぽくない、トマトソース味というか

番茄がトマトなんだが、あっさり味で

美味しかった。

 部品交換を終えたこの日から

暇を見て部屋で読んでいる膨大なマンガデータ

の中で「ジョジョの奇妙な冒険のPart6 ストーンオーシャン

空条徐倫 石作りの海」を読み始めた。

天才、荒木飛呂彦先生によるジョジョシリーズもまだ

連載が続いているという。確か、ジョジョシリーズ第1部の

ファントムブラッドが始まったのが自分が小学校5年か6年生のころ

単行本の第一巻を本屋に友達と買いに行った記憶がある

あれから30年。

 さすが!天才、飛呂彦先生。

まだ、自分の持っているデータは

7部のSTEEL BALL RUNまでコンプリートしており

残念ながら連載中の8部ジョジョリオンは未収録だが

他にも有名どころのマンガはほとんど網羅されている

データは漫画喫茶を持ち歩いているような勢いで

異国で余暇を満喫する為の種には事を欠かない。

翌日も朝起きて朝食のパンを食べながら

昼まで、荷物整理したり、ネットで調べもの、

あとはストーンオーシャンの続きを読んだり

と過ごし、昼から町歩き。

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いつも通る一环路北四段と解放路二段の

交差点の地下鉄工事で水道管でも破裂したのか

水浸しに成っていた。

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この足で中心街まで歩いた

星巴克咖啡で少し贅沢だけれども

考え事が非常に良く進んでまとまるので

ゆったりしたソファに座って

美式咖啡の大杯をすすりながら物思いにふける。

今日は火曜だというのにさすが大都会

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中心街はまるで週末のような人出。

1時過ぎまで歩いて疲れ

帰り道いつもの清真(qing zhen)の食堂で

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牛肉炒刀削面(niu rou chao dao xiao mian)

で昼食。

部屋に戻って、荷物を少し整理したり、

自転車を梱包する箱は明日、町で調達してくる予定で

後は部屋でJOJOの続きを読む。

夕飯はインスタントラーメンを荷物を減らすため

手持ちの食料から出して消費。

その後、またJOJOの続きを最後まで。

飛呂彦先生の作風は大好きで、独特のタッチの絵

が気に入っていた、第2部 戦闘潮流(柱の男編)の

くらいのタッチが一番絶頂だと個人的に思っていて、

その後、第3部 スターダストクルセイダーズ 

辺りから、タッチが変わってしまって残念に思っていた。

さらに、4部 ダイヤモンドは砕けない〜 5部 黄金の風

に成ると、スタンドの能力が込み入ったりして難解すぎることが

あったり、絵があまりにも個性が強すぎて状況が分かりにくくて

5部以降はほとんど読んだ事が無かったけれど、今回、

思わない時間を得て、読んだところ、

さすが!!天才!!飛呂彦先生!!

ストーンオーシャン、良かった!

メイド・イン・ヘブンの能力、それに伴う

天国へ行く手段は

ニーチェのツァラトゥストラが語った『永劫回帰』や

『超人』を彷彿させる。なぞらえてあるのか?

天才同士引き合って必然的に同じ

考えにたどり着いたのか?

終わり方も良かった。これは

永劫回帰とは違ってくるが、それぞれが

1巡目とは違う行き方をして、マンガそのもの主要な設定

が一度リセットする形で後に続く7部、8部へと

つながって行く。

 絵のタッチはやはり、1部から来て2部が一番

大好きで、是非、宇宙に飛ばされたカーズが復活する

ストーリーをどっかに作って欲しいと思っているが、

さすが天才飛呂彦先生と思わされた。

しかし、同じ時を操る(最強の能力)スタンド同士

ザ・ワールドのディオ、キング クリムゾンのディアボロスと

メイドインヘブンのプッチ神父、スタープラチナ

・ザ・ワールドの承太郎がやり合ったら誰が一番最強

なのか?

今日は、夜更かししてしまったなぁ。

2017年6月26日、走行0km。

2017年6月27日、走行0km。
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2017年06月30日

ただいま!チェンドゥー!〜再び成都の日々〜



翌日、成都の南の方に位置している宿を

11時頃チェックアウトした。

今朝1時にチェックインして11時アウトで

208元と過去最高額の宿はもったいない

ような気もしたけれど仕方が無い。

今日は宿を以前最初に来たときに連泊した

老宋国际青年旅舍(Hello chengdu youth hostel)に

移る予定。ここは以前泊まって居心地が良かったのと

何よりスタッフが英語を話すので、パーツを日本から送って

もらって受け取るのに、内容を説明し易いし、住所を使って

宿宛に送っても良いか?と聞けるし、何かと都合がいいから

それにブッキンングで予約して行くと1割安い価格で泊まれた

のでここにした。

11時に出て、昼過ぎには宿に着いた。

レセプションで最初に現れた英語の怪しいスタッフに

「予約したんですが」

というと、「reservation」「予約」という言葉がわからない

と返されたが、なんとか理解してもらいチェックイン。

その後、事の次第を別の英語の堪能な女性スタッフ

に説明して、宿に荷物をおくっていいい?と聞いたら

あっさりOKをくれた。

 これでまた一つ、復活の道が開かれた。

さて、部屋に荷物を運んで、とりあえずお腹がすいたので

向かったのは、

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回锅肉(hui guo rou)を食べにだった。

以前、頼んだら、あまりの美味しさと

ボリュームに通っていた飯屋の

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お帰り回锅肉!

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旨い、しご飯が進む。これで19元(323円)

とりあえず部品の手配は済んだ、というか

前もって連絡して来たのと、各局の連携がうまく

行ったのもあってこの日の家に出荷の手配が出来ていた

後は、到着を待って、部材が無事、到着したら

部材を交換(14mmの六画レンチが必要なので

それもなんとかしないと)、無事、治ったら、

航空券の手配(成都〜玉樹の)、バスで玉樹から

来たが、もう二度とバスは乗りたくないので。

そして、無事手配で来たら、自転車や荷物を

梱包する為の段ボールの調達及び、荷造り。

そして、それが出来たら、空港へのタクシー

の手配(当然荷物が載せられるような)

多分、これは宿に相談したら何とかなりそうかな?

と思っていた。

そんなこんなで、とりあえず5泊予約した宿。

荷物の到着を待ちながら、する事と言ったら、

部品交換に協力してくれそうな(14mmの六角レンチを

もってそうな)自転車屋探しと、スーパー(主に沃尔玛

ウォルマート)通いと、近隣の行きつけ飯屋通いと、

映画、マンガデータの視聴だった。

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土豆烧牛肉盖浇面(tudoushaoniurougaijiaomian)。

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麻婆豆腐(mapodofu)

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青椒土豆丝盖浇面(qingjiao tudou si gaijiaomian)

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そして、汉堡王!(han bao wang)

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赛百味(sai bai wei)!

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成都の町

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大都会です。

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が、日によって、PM2.5のせいか

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かすんで見える。

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とここでも回锅肉。最強。

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中心街には、日系の伊勢丹やイトーヨーカドーなどの

百貨店もあって、中国には無い日本的な商品も手に入ったり

するし、最上階には日本食料理店などもあって日本食

も食べれたりするが、(50〜100元)くらいするので

とても食べる気にはなれず。CoCo壱番屋のカレーも

日本で食べるくらい(35〜40元くらいしていた)

するので断念。

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しかし、時々、星巴克咖啡!(xing ba ke kafe)スターバックスで

大杯美式咖啡(dabei meishi kafe)を。アメリカーノのグランデを

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部屋では、ネットしたり、大量にもらったマンガデータ

の中からジョジョの〜第4部ダイヤモンドは砕けない東方仗助から、

5部黄金の風、ジョルノ・ジョバーナ黄金なる遺産と駒を進め

6部、ストーンオーシャン 空条徐倫「石作りの海」までやって来た。

なかなかぐうたらな毎日デス。

2017年6月21日、走行、多分12キロくらい(宿移動)

2017年6月22日、走行、0km

     6月23日、走行、0km
     
     6月24日、走行、0km

     6月25日、走行、0km。
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2017年06月28日

36時間、さすが中国!!


翌朝、といっても今日、バスが正午12時に出るので

11時頃ここを出ればいい。

朝はゆっくり、でも、何も荷物が無いので

着替えたり、コーヒーでも入れたり

タブレットで調べも物したり(充電が切れた)も出来ない。

しかも、長距離移動のバスで何時間かかるか分からないので

言葉の出来ない俺は、水分や食べ物をあまり取らない方が

いい(トイレ休憩が頻繁にあるのか?分からない)と思って

断食期間にはいる。

チェックアウトするまでは、テレビを見て過ごしていた

もちろん中国語は分からないが、映像と漢字の意味で

内容が何となく分かる。

ニュースではロンドンのマンションで大火事があったようで

58人が死亡のニュースを何度も解説付きで報道していた。

大体、どこの国のニュースのキャスターの花形は女性キャスター

で、その国の美人、どういう女性が美しい、好まれているか?

が分かる仕組みになっているが、中国の女性キャスターは

皆ショートカットが多くパーマを当ててボリュームを出したような

髪型がほとんどだった。中南米では髪の長い、セクシーな衣装

で女を強調するような衣装、化粧のキャスターが多かったのが

印象的だ。

 さて、そんな事を考えながら時間はやっとの事で10時半を回った

何があるか分からないから少し早めに部屋を出た。

ロビーで受付嬢に顔を合わせると

白々しい英語で

「ハロー」と言う彼女。

パスポートはすんなり戻って来た。

いったい何にそんなに時間がかかると言うのか?

謎多き中国。さすがだ。

チェックアウトを済ませ、デポジットのお金を返してもらって

外へ、隣の商店で水500mlペットボトルを1本買う

5元手渡ししておつり3元を

カウンターに放る店主。

さすが中国!

商品、おつりを回収して外へ。

ホテルのすぐ前の大通りでタクシーが通り過ぎるのを

待っていたら、1台のタクシーが停まって、運ちゃんが

こちらを覗く。一人既に女性が買い物袋片手に乗っている

相乗り出来るみたいだ。行く先を書いてくれた昨日の

メモをみせると、「分かった、オッケー」と言う事で

乗った。

乗って話しかけてくる運ちゃんに

「我是外国人」「不説中国語」

と知っている中国語で言うと

後部座席の女性が

「Where are you from?」

と英語で話しかけて来た。

いったいどうなってんだこの国は?

さすが中国!(今回はこっちの意味で。great!と言う事)

どう見ても主婦風の(マスクをしていてチベット系か漢民族かは

確認出来なかった)彼女。

日本からと言うと色々聞いて来た

どこへ行くのとか、ここには何日滞在するの?とか

一人で旅してるのか?とか。

時々運ちゃんにも分かる様通訳してくれる

そしたら、運ちゃんが言うには

俺がチベット人に見えたという。笑

最後にこの英語を話す彼女が

あなたは現地の言葉が分からないから、十分気をつけない

よ。と2回程念を押された。

彼女を先に下ろして、一路バス乗り場へ。

バス乗り場は昨日の運転手が連れて来てくれたので

心配なく乗っていられた。ありがとう!

到着して、いくらか?聞くと25元という。

昨日の話だと15元が相場。

ぼられているが、気持ちよく25元払って降りる

バス乗り場には1時間も前だと言うのにすでに大勢

乗客が待っていた。

言葉がわからない俺はいつ荷物を貨物室に入れるのか

状況を見て決めようと辺りを見ていたら、他の乗客は

荷物を既に載せている様。なので昨日の保管室から

チャリと荷物を出して来て積み込んだ。

12時近くなって搭乗が始まる、荷物チェックも

切符のチェックも何も無い。

さすが中国!

意外と多くの乗客が乗込める寝台風バス

だが、大量輸送のためか?キツキツに設計された

キャビンは小柄な人なら横になって足を伸ばして

居られるが、デカい俺のような奴には居心地の悪い

狭い場所でこれで長距離なら、せめて普通の座席

で狭い方がまだ楽に思えた。

出発してしばらく、昨日と同じ巻き戻しの旅が始まる。

あの不味いパン屋のある歇武镇(xie wu zhen)の町

を通って、坊さんがタクシーから降りてスマホで写真を

撮っていた峠を登り返す。

峠だろうが、バス(原動機付き)なのでグイグイと休むこと

なく登って行く。そして、3人部屋に泊まった

石渠县(shi qu xian)の町中を通り過ぎた

どの景色も見覚えのある景色だったし、どこに何が

あるのかも分かる異国の風景だったけれど、

やはり、奇麗さが全く、自分でチャリで走って見た

景色、必死で宿を探して廻った町並みのリアルさが

違っていて、どこか色あせた風景に見えていた。

しばらく走ったころ、バスが止まった。

どうやら何かの理由で通行止めになってるらしく、

トイレ休憩のため降りてみるがその原因元は遥か

先の方で長い渋滞の列が並ぶのみで見えない。

30分?1時間程待っただろうか、

バスの運転手が何か言う。みんなが荷物をまとめて

降りて行く。

おいおい、困った。ひょっとして、進まないから

バスを放棄して各自で移動手段を見つけるとか?か

と焦った。最後に降りて行った俺に運ちゃんが、

ジェスチャーでバスを乗り換えるという事を伝えて来た

どうも、同会社の成都から玉树を目指すバスが反対側に

来ていて、そこで乗客と荷物を交換(移動して)Uターンして

それぞれ成都と玉树を目指すようだ。

それにしてもバスが出て、まだ150キロくらい。

で、これだ。何があるか分からんな。

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バスを出てチャリと荷物を出して

チャリに載せ

向こう側に歩いて向かう

DSC03470.jpg

とここで渋滞原因を見たが

なぜこうなってるのか意味が分からんかった。

新しい道にかかる小さな橋。

こちらはなんの損傷も無いし、竣工済みの(なぜなら玉树へ

行くときに通った記憶がある)道、橋なのに何故か通せんぼの

土砂の盛り土とブロックが積まれている。そこで渋滞。

そして脇にもう一つ旧道の残骸とめちゃくちゃに壊れた

旧道の橋が。是をみんな野次馬たちが眺め

何か作業をする重機たち。

????

この新しい橋のバリケードを取ったら

みんな通れるだろ!!!???

??????

さすが中国!

確かに数日前にチャリで通ったし、通った時は

こんなバリケードもなく渋滞も何も無かった。

?????

さすが中国!

お互いの乗客を交換する事で事なきを得た

バス会社。運転手も入れ替わって(長時間かけて成都から来た彼らは

また成都へ引き返すというハードな任務)再び走り出す。

峠の手前でヘトヘトになりながらキャンプした河原。

意外にも車道から見たら丸見えの場所だった。

峠のてっぺんで昼飯を絶景の雀儿山(que er shan)率いる雪山群

これも、この日暗くなる頃逆側から登って、本当に晴れていて

雲のない姿で奇麗なはずだったけれど、ちっとも、あの時の

感動や美しさはそこに無かった。

そして、「藏族 欢迎您」

と迎えてくれた马尼干戈(ma ni gan ge)の町。

もうこれをすぎると

暗くなって辺りは見えなくなって行く。

夜の10時前頃、自転車乗りのおじさんと話した

甘孜(gan zi)の町を通り過ぎ、町の外れの飯屋に

この時間に飯休憩?で停まったバス。

みんなは、というか食べない人も俺見たく居たが

食堂で飯を注文して食べていた。

中国人は、飯屋で飯を注文して出て来て食べるが

結構、残す奴が多い。あれも謎。

半分くらい残す奴も居る。

食べられない食材を全部、テーブルのうえに出して行く

奴。

あと、おばちゃんでも面前で平気で手鼻をその辺でかむ奴

(子供もまねして手鼻をかんでトローっと路上に放置する)

あと、痰をやたら「かーっ、ぺっ」とその辺に吐きまくる奴。

これ結構多いPM2.5のせいかとも思ったが、

しない人はしない。

あと、バスの窓から食い終わった桃の芯や飲み終わった

ペットボトル、菓子の袋、カップラーメンの汁などを平気で

捨てる奴。等

教育が成ってないのか?国民性なのか?

他国民として理解に苦しむ行動を(公共のマナーに反する行為)

を平気でする奴が居る。飯屋の敷地内に停まって飯を食べて

外へ出て敷地内でゴミを平気で捨てたり、痰吐いたり、タバコの

吸い殻捨てたり。ここでそうなのだから、

バス内も当然というか、目を疑ったが、

「かーっ、ぺっ」おやじが居てかーっと何度も

やっているのでどうしてるのか?袋か外にでも

窓から捨ててるのかと思っていたが、あるとき

バス内の通路にやってるの見た時は驚いた

それに、怒って言う奴も居ない。


さ!す!!が!!!中国!!!!


と、ここで中国の数ある不思議のごく一部

について触れて脱線してしまったが話を戻して。

俺は飯食べず。だって、お腹が緩くなってしまったら

困る。成らないだろうけど、もし成った時の事を考え

異国で不慣れな状態だから大事をとった。

そして、みんなが終わってバスに乗込んで

さあ、スタート。とおもったら。

バス、動かない。

?????

なんで???

なんと!!!

長距離バスにも関わらず!!!

運転手が2人いるにも関わらず!!!

(そもそもなんで2人居るのか普通は考えたら分かるよね?)

運転手が寝るために10時から翌朝5時まで7時間

(健康的な睡眠時間だよね7時間て、成都から長時間

来てもうすぐ着いて仕事終わりのはずが!

折り返すはめに成って疲れてるもんね。事故起こしたら

元も子もないもんね!!!!!)

バス、飯屋の前で動かず!!!

さー!

すーー!!

がーーー!!!

中国っ!!!!!!

 そして翌朝5時

快眠時間7時間でリフレッシュした運転手が

エンジンを吹かし20日がスタート!!

バスは快調に甘孜(gan zi)から

チャリでくる時出がけにパン屋を発見して買いこそっと

ガソリンを売ってくれたスタンドのある炉霍(lu huo)

ワハハおやじに悩まされテント張りづらかった道孚(dao fu)

そして、八美(ba mei)と完全に俺が通ったルートを巻き戻す

てっきり炉霍(lu huo)から国道317をそのまま成都まで

向かうのかと思ったが、俺の通ったS303号を八美(ba mei)まで

来たのでそのまま亚拉雪山(ya la xue shan)を眺めながら丹巴

(dan ba)へ向かい小金(xiao jin)、日隆(ri long)、

四姑娘山(si gu niang shan)を行って巴郎山(ba lang shan)

の峠を経て成都を目指すのかと思いきや

八美(ba mei)から、S215方面に。

その後G318へ出て成都を目指すルートだった。

が!これがまたトラブルに。

G318に入って少し経ったころ

バスが停まった。

トイレ休憩でもない。

他の車も停まっている。対向車も国道で

メインの幹線道路だと言うのに走ってこない。

どうやら何か遥か前方で起っているようだ。

最初はそのうち解消すると思われた。

のが午後1時頃。しかし、待てども一向に動く気配無し

30分経過、

1時間経過。

今回は向こう側にはバス会社の別のバスは無い。

1時間半経過。

みんなもう諦めて狭い車内をでて

外でタバコ吸ったり

痰を吐いたり。笑

立ち話しに行ったりしている。

公安の車がサイレンを鳴らして追い越して行った。

何だろう?

2時間経った頃やっと公安の車を先頭に

対向車線から大量のトラックや乗用車がすれ違って行く

どうやら解消された様。

でもこちら車線は動かない。

片側交互通行の状態か。

対向車がそれはそれは長いこと大量に行ったあと

やっと渋滞の列が走り出す。

しばらく走って現れた通せんぼの元凶。

それは大型トラック、トレーラー3台に依る多重

衝突事故だった。

道の両端にと言っても国道だがそんなに広くない脇

によせられたトラック、トレーラーは無惨に

潰れ横たわっていた。

まだ、この時点で成都まで400キロ。

その後は順調に走って行った。

が、トイレ休憩や夕飯休憩などなど

遅れているにもかかわらず、確実に休憩をとって

いくので、もう、早く行こうぜと何度思った事か。

余談だけれど、ある休憩ポイントに寄ったとき

小便をしにトイレに入った。トイレは有料。

水洗でもない、奇麗でもないといれ

いわゆるしきりも何も無い「ニイハオトイレ」

噂には聞いていたし、何度もこんなトイレを

見て来たが、複数人で同時に、まさに

ニイハオの状態で入ったのは初めてで

俺は小だったけれど、3人は大。

生でニイハオトイレの現場を見てしまった。

貴重な体験だった。日本では絶対、

どこに行っても見られない異国ならではの光景。

と、また話がそれたが、

結局、高原地帯を降りて

雅安市に出たのが夜の10時過ぎ。

この時点で成都まで130キロ。

ここから高速に乗って行くけれど

途中で乗客を降ろしていくのでその度に降りる

時間、荷物を貨物室から取り出す時間が掛かって

成都に着いた頃は夜中の12時。

しかもどこで下ろされるのか分からないまま着いた

俺はタブレットのマップで確認して

こんなとこかよっ!

と南の石羊公交场站(shi yang gong jiao chang zhan)という

行きたいホステル、というか中心街から14キロ離れた

郊外のバス場だった。

 出口には深夜に着いたバスの乗客向けに宿屋の客引きが

集まっていた。自転車を引いて客引きに話しかけた

外国人だけどといったら、外国人は駄目。という。

さすが中国!

こういうときに、不慣れな外国人は惜しみなく金を、

しかも外貨(そとからのお金と言う意味)を快く払って

くれるのにそれを拒む(というか拒まざるを得ないのか?

公安の指導の関係で)という。


さすが!!

仕方が無いので、チャリに跨がって走り始めた

漕いだら、バスでの揺れでハブの部品のひっかかりが

良くなったのかギアが滑らずに走れた。

深夜、この辺りは郊外過ぎて宿屋も少ない

あっても超高級そうな大酒店ばかり

その中で安そうな酒店えお発見、外にガードマン

彼に日本語で話しながら、

チャリを止める。するとなかへ入って手続きしてこい

と促す彼、受付で怠そうに店番していた若い

ノーブラの女の子。話すと

部屋は無いとの事。

少々、深夜で切れかかった。

だったら、ガードマン招き入れたのはなぜだ!??

ここは宿屋ではないのか!!??

もう中国がさすが過ぎて

部屋が無いという普通の事でも、さすが!

と思ってしまう深夜1時前。

実に36時間1200キロ弱の移動は

思えば運転手の7時間睡眠を

交代でバスの中で運転手が寝て走っていれば

最初の通せんぼと2回目の事故の3時間を

目をつむっても、午後5時頃には着いていたはずなのだ。

さすが中国!

結局、チェーン展開している経済型のホテルを側で

見つけ209元(3553円)と今まで泊まった宿の

なかで最高額だったが疲れきっていたし、14キロ走って

目当てのホステルにいこうかとも思ったけれど

何よりはやく休みたかったのでこれで手を打った。

いや〜今回は疲れた。

もう二度とあのバスには乗らねえ。


2017年6月19日と20日と21日の1時間。自転車走行は多分

2〜3キロ(バス場からホテルまで)

バス移動1166km、36時間。
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2017年06月27日

偶然はやはり必然だ


翌日、起きてみると停電もすっかり復旧しているようだった

朝、8時頃までに大方荷物をまとめておいて

階下に行って、宿の女性に書いた中国語文を見せた。

内容はこうだ

「自転車が壊れて走れないので、バスで玉树まで行きたい。

どこでバスが乗れるか教えて下さい」

見せると女性が上の階を指して待っていろとジェスチャー

している様。その後どこかへ携帯で電話している。

すると上から、昨日最初に対応してくれたおじさんが降りて来た

同じように書いた中国語文を見せると、

荷物はまとめてあるのか?

持ってこいと言っている様。

それで部屋から荷物を降ろして来たら、

彼の車に乗せろという。いわれるがまま、セダンタイプ

のトランクに鞄類計6個を押し込む。

当然セダンなのでチャリは乗らない

のでおじさん曰く、乗ってついてこいという

が、自走出来ない。正確に言うと出来る時と出来ない時が

ある。

 ので引いてあるいてついて行く。

バス停まで案内してくれると思いきや、町中に停まっている

カーゴタイプの車の脇に居る男性のところで停まって何やら

話している。

 それは、タクシーだった。おじさんが最初に20元かかるぞ

いいか?と聞いて来たので良いよと答えた。

値段から言って、バス停までだと思っていた。

すると、おじさんとタクシー運転手がもめだした。

すると、100元という話になった。

バス停まで100元でもなんでも、行かねばならない。

それに、荷物が多く重いし、自転車なんてかさばる

ものがあるので高くなっても仕方が無いと思っていた

し、100=1700円程度、それで次のステップへ

行けるなら高くも何ともない。

OKすると、おじさんのセダンから荷物をカーゴタクシー

へ載せる。載せたら後部座席は人が1人乗れるか乗れないかの

スペースしか残らなかった。

自分は助手席にのって運ちゃんを待つ。

運ちゃんはどこからとも無く段ボールを持って来て

自転車と車のシートや内装の間にしいて養生をしはじめた。

すぐに終わって、車は町の外れに向かって走り始める

どこに有るの?バス停?と思いながら、助手席で流れる

景色をみていたら、昨日、入ってくるときに通った町の入

り口までやって来た。道路脇に停まった車の側で男が2人

たってこちらを見ている。

タクシーがとまって、ドア越しに運ちゃんと男が会話する

「去玉树」(玉树行きだよ)

とそのとき初めて、バス停ではなく、これで

玉树まで行くのだと知った。

しかし、玉树まで200キロ弱ある。

それで、タクシーでチャリや荷物たくさん載せて

100元=1700円とは安い。

結局、その男も乗込む事になり、自転車を少し

どかせて自分が後部座席に座り、彼が助手席に

乗って車はスタートした。

 流れる景色は、昨日、通った道を完全に逆回し、早送り

で進んで行く。なんとも、昨日おこった出来事が走馬灯のように

よみがえりながら進んで行った。

 押して歩いた2時間の道のりや、昼食をとった河原、そして

故障を発見して再スタートした道端、さらに、雪が積もった

4800mの峠、キャンプした岩山の脇、崩れかけの仏塔、

3キロの真っ暗なトンネル。

車だと早い、2日間で通った道が数時間で

巻き戻しされる。なんともシュールだった。

雪が積もった景色も、なんだか奇麗ではなかった

やっぱり自分で漕いで走った時の景色の方が明らかに

奇麗だった。

そうこうしているうちに、3時間弱。道も奇麗だし交通量も

少ないのでおじさんは飛ばしまくって、11時頃、玉树の町に

着いていた。自分は先に下ろしてもらい、ネットで調べていた宿屋

をもう一度探すべく(最初に来た時見つけられなかった宿)その

近辺で下ろしてもらった。

荷物をチャリに括り付け、手押しで辺りを探す。

こないだもじっくり探して無かったのだが、

また、普通の安宿に泊まって公安が来でもしたら、

2日前に釘を刺されたばかりなので、不味いかと思って

外国人が泊まるようなホステルに泊まった方がいいかと

思ったので探した。

が、結局見つからず。情報が間違っているのかも。

諦めて、ちょっと高くてもガイドブックに載っている

宿に行こうと歩いていた。

そのとき、偶然の必然は向こうからやって来た。

何と!先日、ケサル王の巨像の前で会話した

チベット仏教のお坊さんが路地を曲がりながら

走る車の助手席から話しかけて来た

「Today, where are you going now ?」

と流暢な英語で話す彼がそのとき神、

いや仏様に見えた。

なんと言う偶然、なんと言う、タイミング。

この時間にここを通らなければ、

それ以前に、3日前に、ケサル王の像前で

彼と会って会話していなければ!

道の脇に停まってくれた車の助手席に座る

彼に事情を説明したら、

着いてこいと言ってバスののれる場所まで案内して

くれた。そこには数台のミニバンタイプの小型バスが

停まっていて行き先別に客を勧誘していた。

が、彼、曰く、今日は警察官が側にきてるから

バスが少ないと言う。どうやら普段は路地びずらりと

並ぶ程バスが来ているようだが、警官が規制するので

別の場所に居るのでは?と言う話だ。

が、結局、そうではなく、時間が12時過ぎと言う事で

バスがほとんど出払ってしまった後だったと言う事が

しばらくして分かった。

彼が言う、時間が遅い、バスがもうでてしまったので

明日朝なら、たくさんバスが来ていて乗れるだろうと。

しかし、ここから成都まで直接行くバスは無いから、

甘孜(gan zi)まで行って乗り換える必要があると言う話。

どちらにしても、ここ玉树で荷物を待つより成都に行った方が

何かと都合がいいし、宿の関係(公安が来た)もあるので

断然成都のホステルを送り先に指定して待つ方がいい。

そんな感じで話していたら、男が一人助けてくれたお坊さん

と話しはじめる。荷物満載の自転車の脇に立つ俺と坊さん

お坊さんは俺の旅の話を彼にし始め、彼は興味を持ったらしく

お坊さん通訳を通して色々話して来た。

どこで寝るのかとか?一人で旅してるのかとか?

そんな中でバスの話になって、この男曰く、

成都への直通バスがあるという話。郊外からでるので

車場は3キロ〜4キロ先の町の外れにあるらしく、

今日も2人の客をそこまで連れて行ったという話。

どうやら、彼はタクシーの運転手のようだ。

毎日出ているかは分からないが、あると言うのは確実という話

お坊さんは知らない、というが彼が言うならあるんだろう

と言う話だ。お坊さんが俺に言う、

そのバス乗り場まで行って聞いて来てみるか?

自分で行くなら行っても良いし、彼、(運ちゃん)

に載せて行ってもらうって言うなら30元で連れて行って

くれるって言ってるという。

もう当然、自分で言っても話せないから、乗りかかった

というか、必然が引き合わせたこの出会いに乗り切って

見る事にした。お願いして彼に載せて行ってもらう

というと、坊さんは相棒(車の同乗者)が車からクラクションで

急かしているのに気づいて、「気をつけてな」

と言って去って行った。

名前くらい聞いておけば良かった。

その後、運ちゃんのバンに自転車と荷物を積み込んで

バス乗り場へ連れて行ってもらう事に。

完全に中国語話せない俺に、色々、ジェスチャーで

辺りの名所や目印を説明してくれる、何とも温かそうな

この笑じわの似合うこの人はとても親切で、

バス乗り場へ着いてから、バス会社の人間に

色々聞いてくれて、バスが成都まで行くのか?

バスの出る時間。料金、など。自分が外国人で

話せない事も言ってくれ、お膳立ては完全にそろった

料金は500元(8500円)とのこと。

1350キロ移動の超長距離バスなので妥当な値段かと

思った。し、何よりも今はここを頼るしか無い。

前払いで払ってチケットを受け取る。バス会社の人

曰く、バスは明日正午12時に出るとの事。

ここの場所の名前も運ちゃんが促してくれて

バス会社の人が俺の手帳に書いてくれた。

そして、運ちゃんが荷物を預かってくれとバス会社

に言ってくれて、チャリ、そして貴重品を入れたフロントバッグ

だけを除いた鞄類を保管室に運び込む。

そして、再び運ちゃんのバンに乗って町まで送ってもらった。

帰りに、銀行に行かないと500元払って手持ちが無い

事をなんとか伝えたら銀行にも寄ってくれた。

親切に、何度も明日12時に出るからと念を押して

教えてくれる運ちゃん、電話番号を教えてくれようとして

どうも、明日も送って行ってくれそうな感じだったけれども

携帯電話を持ってないと言うと、そうか、だったら、

ああいうタクシーを捕まえて行くんだぞと対向車線を走って行く

メータータクシーを指差して俺の手帳に15元と書く彼。

どうやら相場が15元だと教えてくれているみたいだ。

分かったよとありがとうと言って

別れ際に30元を手渡した。

なんだかお金目当てでなく、それはどうでも良い

と言う感じの彼だったが受け取ってくれ別れた。

別れた後、とりあえず宿を取ってネット繋げて

方々にコンタクトを取りたかったので

ガイドブックに載っている見た目が超高級なホテル

のような「拉布寺宾馆」というホテル

入り口のくるくる回る回転式エントランスの上には

デカデカとこないだ公安が言っていた、渉外宾馆の看板

がかかっている。ここなら公安も文句(何も言ってこない)

言ってはこないだろう。と勇んで入って行った。

受付に女性が2人。

いつもなら、真っ先に「我想住宿」

と言うところだが、値段が気になって、壁にある料金表

のような物を見てみると全て3桁で一番安い金額も

300元代から?400元代から?

忘れてしまったが、とにかく、「高っけえ。」

と思った記憶だった。

受付の人に英語で泊まりたいというが

あ〜、外国人ねと言う感じで、英語が話せる

スタッフではない。

渉外宾馆なのに。。。。

ま、いつものように「住宿」(zhu su)と中国語で

言って意図を理解してもらい値段を聞いたら

一人部屋なら150元と300元の部屋があるとの事

150ならいつもより高いが、ま、許容範囲。

150の部屋で決めて泊まる事にした。

堂々とパスポート提示してチェックイン

お金を払ったら、もう一人のスタッフがスマートフォンの

翻訳アプリで日本語変換を使って

「パスポートは登録が終わったら部屋までとどけます。

あなたの部屋は2階にあります」と教えてくれた。

部屋は広かったけれど、150元相当の部屋だった。

古い部屋で掃除もそんなにしっかりと行き届いていない

ま、こんなもんかと思って、ネットに繋いで方々に連絡を

取る。が、しかし、肝心な充電器がバス会社の保管室に

置いて来た荷物の中にある。しかも昨日は停電で充電が

出来ず、残り10%を切っている。

なんと言う、必然。。。?

仕方が無いので最小限の連絡だけ取った

自転車のパーツはなんとか代替え(自分のモデルは

廃盤で同じ物はもう入手出来ない)品があって

修理が利くことを知り、自転車店に手配してもらうように

した。そんなこんなで一段落したのでご飯を食べに町へ

そう言えば今日は昼ご飯も食べていない。

DSC03468.jpg

町の食堂で回鍋肉を注文

品が出てくるまで、とっかえひっかえ物乞いが

店の中に入って来て1元をせがんで来た。

いったい、全員に1元ずつ払っていたら5人で5元

払う事になる。他の客は最初に入って来た人に1元

払っていたが、次も払うのかと思ってみていたら、

2人目以降は払っていなかった。

そうだろう。食堂へ入る旅に5人ぐらいの物乞いが

入ってくるので金がどんどん何も買っていないのに

無くなって行く。

 その境遇も分かるが、アホ臭くて関わってられない

と俺は1元も払わなかった。

回鍋肉。食べ終わってお金を払う、

値段の書いてない店で、味もボリュームも文句無し

だったけれど28元(476円)と中国の飯屋としては

高かった。成都の通った飯屋ではご飯が4杯くらい食べられて

19元(323円)なのに。

やっぱり、田舎というか地方の物流にコストがかかったり

貧しい都市のほうが物価が高い傾向にあるんじゃ無いか

セオリーはラオスを思い出させた。


食事を済ませ他の買い物を済ませ

宿へ。ロビーでパスポートをもらおうとするが、

未だ何かやっている。もう、数時間経っているのに。

公安がまた難癖でも付けて来たのか?と思いもした

がその姿も何も無い。

GOPR2038.jpg

部屋で夕飯時間まで過ごしてもパスポートは戻ってこず

夕飯に外出した7時頃、

ロビーを見やるがほかの客が来ていたので

戻りに回収しようと思い町へ。

町のパン屋でパンを買って宿へ帰る

受付に顔を出すと、パスポートを手に

先ほどの受付嬢が「ここを明日出てどこへ向かいますか?」

と訪ねて来た。

それで、成都へバスで行くとバスチケットを見せた。

「旅行で中国に来たのですか?」

と聞いてくるので

そうだと答えた。

すると、「ありがとうございます」

と言って、パスポートが戻って来た。

なんとも、渉外賓館のくせに受付が英語が話せない。

渉外賓館のくせに、パスポート登録に何時間もかかって

しかも、根掘り葉掘り聞いてくる。(公安の聞くような事を)

さすが中国。

 突っ込みどころ満載。

パスポートを受け取って、部屋でパンを食べて過ごした

昨晩あまり眠れなかったので今晩は早く寝る事にして

9時頃にはベッドに入っていたら、

ドアをノックする音。

出てみると!!!???

公安!?では無く、

受付嬢だった。スマホを介して言う

パスポートの登録でしてなかったところがあった

パスポートを貸して欲しい。

明日の朝返すからと言う話。

さすが中国!

結局素直に渡して眠りについた。

ドタバタで写真を撮っている暇が無くほとんど

文章で申し訳ない。

2017年6月18日、自転車に依る旅走行0km。

タクシー移動およそ200km。
posted by yutaka at 13:00| Comment(0) | 中国

2017年06月26日

岐路


翌朝、テントに降り注ぐパラパラという

音に、雨が降ってるのか。とちょっと

やる気の無さを感じ。

撤収、出発の準備をし始めた。

一通りテント内の片付けが済んで

外に出てびっくり。

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今まで雪は遠くて高い山の頂きにだけ

見ていたが。

今日は辺り一面が白い。

それに空には蓋をするかの様な厚く重苦しげな

雲が。

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テントにパラパラ降り注いでいたのは雪だったのか。

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準備も済んで道に出た。

時間が早いせいも、といっても7時ちょっと前だが

交通量が全く無い。

走り出す。

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坂道を上るに連れて

雪の濃さが色濃くなって行く

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そして峠のてっぺん

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4800越え

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真っ白で、吹雪いてますが何か?

それにしても車が本当に少ない

1〜2台すれ違っただけだった。

ここから一気にダウンヒル

緩やかな坂道を転ばないようにブレーキを掛けながら

下って行く。

途中、民家がある。

こんな季節でも雪が降るような、辺りに村も町もない

場所で住んでる人が居る。

さすが中国。

と思いながら

標高を500mくらい下ったころ。

ずっと坂道ではなくペダルを漕ぐような場合も

出て来た頃。

ペダルを漕いだあと、漕ぐのを止める。

そのとき普通なら自転車の車輪だけ転がり続け

ペダルは廻らないはずだけれど、時々

ペダルが一緒に廻ろうとする現象が現れ始めた。

故障?

ずっとメンテナンス出来ていなかった駆動系の掃除、

調整がたたって、調子が悪いんかな?程度に思っていた

気になって停まり、道端で後輪のフリーハブ部分を見てみた

取り外してスプロケット部分を触ってみる

何とガタガタと動くではないか?!

スプロケを止めているナットが緩んでいる

これが原因!?

と思って緩めてスプロケを外す。

外して、ビックリ

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なんと

DSC03484.jpg

割れている

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チタン製のフリーハブボディが割れて中の

ベアリングやら何やらがめちゃくちゃに。。。


絶句。

致命的な故障。

笑うしか無かった。

こんな荒野で、しかもこれから向かおうとしている

ゴルムド(格尔木)への道はさらに町や民家が希薄になる

ルート。

自走出来ない!?

色々頭を駆け巡った。

この部分の部品なんて中国で手に入るはずも無い。

だって、8年前のXTRモデルのハブの部品。

しかも今やディスクブレーキが主流のMTB。

とりあえず、今日どうするか?を先ず考えるようにした

ヒッチハイク?いやいや、俺が人にお願いをすると言うのが

一番したくないジャンルの行動。

なんとか近い町まで行けないか?

ここから最寄りの町と言えば、昨日出て来た玉树市、

しかし、昨日、90、今日28kmくらい走って来たので

120kmくらい有る、し、途中、今来た雪降る峠を

登り返して、闇の3kmトンネルを走っての120km。

あり得ない。もう一つは、今日、目指している町、

治多县(zhi duo xian)。

まで、およそ60km強。これなら距離は半分。

しかも、これ以降、大きな峠は無い(といっても2〜300m

の小さい峠が一つ)の下り基調の道。

ま、先を目指した方が良いだろうなと思う。

でも、そこは市よりも小さい县(xian)

という部類の行政単位。

行きたいというか戻りたいのは玉树市のほうだった。

大きい町の方が交通網も発達している。

パーツを探すにも、取り寄せるにも大きな町がいい。

中国では入手困難なパーツ。

日本から送ってもらうか。

受け取るなら、連泊出来て(到着まで)、住所を

(送り先の)使わせてくれるような宿がいい。

頭に浮かんだのは以前泊まった成都(chengdu)のホステル

だった。あそこなら英語も通じるし、連泊もし易いし、

町だから快適に過ごせるし、何より大都市だから荷物の

到着も早いだろう。

成都(chengdu)まで戻るって、1342km、18日間、走って

来たのでそれを戻るって、ビザ期間は大丈夫か?

など色々頭を巡り始めたけれど

今はとにかく、町に着かないと自走出来ん。

治多县(zhi duo xian)まで行って、そこでバスで

玉树に戻ろう。それよりもネットにつながって、日本

の懇意にしてもらっている自転車店のオーナーと連絡が

取りたかった。

 ハブがフリーに廻るように、割れた部分を

取り外した事に依ってバラバラになってロックが

かかってしまったフリーボディ部をくるくる回して

要らない部分を取ってしまい、組み上げ直す。

自転車に荷物を取り付け下り坂なので跨がって

漕いでみた。ら、意外に漕いで行けるではないか

いずれ、駄目になるだろうけど、今は漕げるのでありがたい

当初60kmを押して歩くしかないかと思っていた。

60km。歩いて12〜15時間。

それを考えたら今日、町まで行ける。

坂道を下りきり、20キロくらい走った、

そこでお昼、昼食を河原で取りながらまた色々

考える。

 が、きょう出来る事は町に着く事

昼食後65キロ地点で上り坂が現れる

この頃になるとギアが滑って空回りし始めるようになって

坂道を上るのは困難。

よって、押して歩く事に。

10kmを手押しで登る

歩いて2時間。

雨は幸い降ってなかったが風が強い

坂をやっと上ってあとは下るのみか?

とチャリに跨がって坂道を下る。町まであと20数キロ

といっても平坦な場所や、ちょっとした登りも時々

現れるので漕がなきゃ進まない。滑るギアを何度も

ペダルを回して、ギアが引っかかる位置になると

動力が伝わって走れるという事を繰り返して

なんとか町にたどり着いた。

小さな町だったが活気がある町

宿も高かろうがすぐに泊めてくれるところが良かった

何よりも、フルパッキングの自転車を漕ぐ事よりも

手で押して歩く事の方が数倍疲れる。

致命的な故障発現と手押し2時間で精神的にも

肉体的にもヘトヘトだった。

見つけた宿は160元だった。何故か180と書いて

あるが160で良いという。もうなんでも良い

Wi-Fiにつながって早く連絡取りたいので、チェックイン

した。宿のおやじにWi-Fiあるか?と聞いたら

有る〜。と、あるのあと、何か言っていた

し、シャワーが今使えないとも言っていた。

そして180が160。

その訳は部屋に入ってやっと分かった。

停電だった。

それもどうやら街全体が。

駄目な時は何やっても駄目ですな。

ネットが使えない。ので今日は出来る事無い

バスがどこで乗れるのか?中国語でなんと言うかを

翻訳サイトで調べたかったが、それも出来ない。


とりあえず腹が減ったので町へ夕食に出かけた

やっぱり、町も停電していた

よく有る事なのか?それぞれの店舗が自家発電機

を持っていて、それでまかなった電力で営業していた。

あの宿は発電機無いのかな?とも思いながら

見つけた清真の店に入った。

清真の店の割にご飯ものの無い店舗で、いつものように

壁にかかっていたメニューの写真や値段の表記も無い。

店員の若い女の子に、ジェスチャーでメニュー無いか?

とやると、

中国人独特の、あの、分からない時のしかめっ面で

「はああああああ?」

と言われた。笑

さすが中国、若い女子でもこの顔するんだ。

なんとかメニューをゲットして

ジャガイモと肉の炒め物の乗った面を頼む。

待っている間、さっきの女子が、店の中の

店員に、さっき俺がやってみせたメニューを開く

ジェスチャーをやって見せて、何か話して、チラチラ

こちらを見ている。

 そりゃそうだろ、見た目は日に焼けてチベット人と

区別つかないだろうけど、俺は外国人。

外国人が、たった一人で、こんな辺鄙な、と言っては失礼だが

チベット高原の辺境の町のこの食堂に来て飯を食うなんてことは

ほとんど皆無だろうから、変な奴に見えてさもありなむ。

やっと出て来た夕ご飯

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食べてみてびっくり

辛い

いつも清真で食べている同じメニューは

辛くない。

本当にここは清真の店か?

値段もこれで20元。

いつもなら相場13〜14と言ったところ

高い。

本当に駄目な時は何やっても駄目。

食べ終わって、帰りに商店でビールとつまみを購入。

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宿に戻る、

停電は終わってない。

諦めてビールを飲みながら今後の事を考える

ネットに早くつながりたい。

明日のバスの件もある

その夜、発電機がやって来たのか?

エンジン音とともに、Wi-Fiルーターの電気が

ともり始めた!

やった!

が不安定で、宿全体の電力を安定して供給するには

能力オーバーなのか、何度もついたり消えたりと

不安定。

 なんとか、途切れる間を得て、バスの件の中国語文

をノートに書き写した。

結局、電気は戻る事無く、発電機も最後には

止まってしまった。

今日は散々な一日だった。

明日はどうかな?

2017年6月17日、走行、96.64km。

posted by yutaka at 17:00| Comment(0) | 中国