2017年10月31日

ウズベキスタン走行


最近、ブログの更新がほとんど出来ずに居る

キルギスのビシュケクを出て以来、カザフスタン

のシムケント経由でウズベキスタンのタシュケント

へ入国した。

IMGP4344.jpg


DSC03470.jpg

 キャンプ移動が多い上に、久しぶりに泊まった宿屋


DSC03477.jpg

ではやる事が山積で時間が取れなかったり、ネットが無かったり

ネットが極端に遅かったりと。

DSC03489.jpg

DSC03486.jpg


 ウズベキスタンは一ヶ月ビザを取って入国したの

だけれど、一時帰国とかの影響で8日遅れて入った


DSC03498.jpg

ため、22日間で1500kmを走らなくてはならなくなってしまい

DSC03506.jpg

ゆっくりする時間んも無くなったため慌ただしい。

DSC03530.jpg


ウズベクは古都サマルカンドで3泊、

DSC03532.jpg

DSC03533.jpg

DSC03542.jpg



ブハラで1泊

そしてヒヴァで3泊

意外は毎日100km以上走る日々になった

でも、古代よりトランスオクシアナ、

IMGP4367.jpg

マー・ワラー・アンナフル、ソグディアナ

の中心、かつてマラカンダと呼ばれ


IMGP4386.jpg

アレクサンドロス大王が東征し、ソグド人によって栄え

IMGP4392.jpg

モンゴルによって破壊され、ティムールによって繁栄した

IMGP4405.jpg

サマルカンドやその周辺を自分の足で旅で来たのは

IMGP4404.jpg


この上ない至福の時だった。

DSC03542.jpg


DSC03543.jpg


DSC03519.jpg



DSC03517.jpg

ヒヴァに入る前の日は、追い風も手伝って自己最高の

205km弱も走ってしまった1日だった。
posted by yutaka at 13:20| Comment(0) | ウズベキスタン

2017年10月13日

相棒負傷の為一時帰国した話


話は9月の中旬。

パミール越えの準備もしてキルギスを走って

タジキスタンへ向かう途中。

ナリンの町からジャラルアバドへ向かった

ナリンから程なく走ると道は完全に未舗装路となる

ジャラルアバドまで400弱。

6日掛けて走った。未舗装路である上に2700と3000の

峠が2つあり、一日50〜60キロ走れれば上々と言う感じだった

上り坂の未舗装路はひどく疲れる。

370キロ程の道程だったので4〜5日と見積もっていたが

結局6日かかってしまった。

ジャラルアバドに着く前日、キャンプしていて

自転車を掃除していた。ら、

後輪のハブ軸にヒビ割れを発見。

マジか。と頭が白くなる。

走行に支障を来さないが、

コレからも未舗装峠の続くパミールへ向かう

にはあまりにも危なすぎる。

いつヒビが悪化して破損するか分からないからだ。

翌日予定通り町に着いて2泊して考えた。

今回の旅はまだ走行が1.5万キロだと言うのに

自転車のトラブルが多い。タイで前輪のハブの故障

中国で後輪のフリーハブの破損。そして今回の

後輪ハブ軸のひび割れ。

 総走行距離がもうすぐ50000キロ。

最初から使い続けているハブにがたが来ているようだ。

ハブを交換するなら、リムもかなり減って来ていて

心もとないので交換したい両方換えるなら現状36穴なので

32穴(こちらの方が汎用的で部材が手に入り易い)仕様に

したい。ハブ、リム、を交換するなら、いっその事

リムを挟み込んでブレーキを掛けるVブレーキ仕様の現状を

ホイールのハブ軸に付けたディスクという丸い円盤を挟んで

ブレーキを掛けるディスク仕様に換えたらリムの消耗が

無くなるのでは?と思い始めた。いずれにしろそれらを

交換するにはここキルギスでは難しい。

部材調達の面で先進国に飛んでするしか無い

いろいろ迷ったけれど一旦帰国して立て直す事に

決めた。期間は3週間。キルギスで取得したウズベキスタン

のビザが10月12日から始まってしまう。

その後の訪問予定国、アゼルバイジャンのビザが

11月15日から始まる。

なのでそれに間に合うように走れるように

帰ってくる必要がある。

ビシュケクについて自転車を梱包し

必要の無い荷物を宿に預けて日本に飛んだ

飛行機移動なんてほとんどしないので

ひどく疲れる。乗り継ぎで韓国のインチョン空港で

便が台風のため飛ばず、翌日の便まで

23時間待たされたりした。

およそ9ヶ月ぶりの日本は

相変わらずだった。

そのためか、1週間で飽きた。

自転車のオーバーホールに2週間かかって

それを待つのみの毎日。

なるべく出費を押さえたい為にひたすら

外部との接触を最小限に留めていたので

退屈な毎日だった。

ルーティーンな3週間が過ぎ

完成した自転車の梱包を済ませ

再び空港へ向かう。

戻りの旅程も韓国インチョンで16時間乗り継ぎ待ち

があって憂鬱だった。

中部国際空港でチェックインの時、

預け入れ荷物の超過料金の支払いで

料金が、旅程がアシアナ航空とエアアスタナの2社

で運行していて、エアアスタナの規定で徴収するが、

本日エアアスタナの人間と連絡が取れない為、

翌日インチョンで昼に乗るはずのエアアスタナの

カウンターでチェックインし直すように言われた。

チェックインし直すには韓国に一旦入国して荷物を

受け取って、翌日チェックインするようにとのこと。

入国審査に並んで自分が入りたい訳でない韓国に入国して

空港泊である。

言われたようにインチョンまで飛んで入国審査用の

入国カードと税関のカードを記入する。

滞在予定先をはっきり書くようにと指示があったが、

予定も何も、乗り継ぎだから町に行く予定が無い。

適当に書くか迷ったが、白紙にして出した

聞かれたときに「乗り継ぎだから予定は無い

明日の午後のフライトがあるので」と

英語で説明した。

英語が苦手な自分で必死に何と言うか

シュミレーションしていたが、いざとなったら

自分でも驚く程スラスラと口をついて言いたい事が

出て来たのは驚いた。

ま、さて無事、韓国に入国でパスポートにスタンプラリー

の判子が一つ増えた。

空港の待ち合い用ロビーで翌日昼まで待って

チェックイン。

超過料金は来た時と同じで自転車は一律50ユーロ。

インチョンから6時間半のフライトでカザフスタンアルマトイ

で乗り継ぎ、50分のフライトでキルギスのビシュケクへ

飛行機は疲れる。

出口で客引きしていたタクシーに

町まで載せてもらったが、くる時800ソムで空港まで

来れれたのが、3000ソムと4倍近くもふっかけられ

かなりキレて自分は既に日本語しか話さなかったが

2000ソム(3200円くらい)と2.5倍の金額を払って

無事、荷物を預けてあったサクラゲストハウスへ着けた

何はともあれ、また、この旅のフィールドに

自分の好きな自転車旅の前線へ戻ってこられた

事に無限の感謝だ。

翌日からウズベクのビザが始まってしまうので

急いで2日で準備して出発の予定。





posted by yutaka at 17:51| Comment(2) | キルギス