2017年06月30日

ただいま!チェンドゥー!〜再び成都の日々〜



翌日、成都の南の方に位置している宿を

11時頃チェックアウトした。

今朝1時にチェックインして11時アウトで

208元と過去最高額の宿はもったいない

ような気もしたけれど仕方が無い。

今日は宿を以前最初に来たときに連泊した

老宋国际青年旅舍(Hello chengdu youth hostel)に

移る予定。ここは以前泊まって居心地が良かったのと

何よりスタッフが英語を話すので、パーツを日本から送って

もらって受け取るのに、内容を説明し易いし、住所を使って

宿宛に送っても良いか?と聞けるし、何かと都合がいいから

それにブッキンングで予約して行くと1割安い価格で泊まれた

のでここにした。

11時に出て、昼過ぎには宿に着いた。

レセプションで最初に現れた英語の怪しいスタッフに

「予約したんですが」

というと、「reservation」「予約」という言葉がわからない

と返されたが、なんとか理解してもらいチェックイン。

その後、事の次第を別の英語の堪能な女性スタッフ

に説明して、宿に荷物をおくっていいい?と聞いたら

あっさりOKをくれた。

 これでまた一つ、復活の道が開かれた。

さて、部屋に荷物を運んで、とりあえずお腹がすいたので

向かったのは、

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回锅肉(hui guo rou)を食べにだった。

以前、頼んだら、あまりの美味しさと

ボリュームに通っていた飯屋の

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お帰り回锅肉!

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旨い、しご飯が進む。これで19元(323円)

とりあえず部品の手配は済んだ、というか

前もって連絡して来たのと、各局の連携がうまく

行ったのもあってこの日の家に出荷の手配が出来ていた

後は、到着を待って、部材が無事、到着したら

部材を交換(14mmの六画レンチが必要なので

それもなんとかしないと)、無事、治ったら、

航空券の手配(成都〜玉樹の)、バスで玉樹から

来たが、もう二度とバスは乗りたくないので。

そして、無事手配で来たら、自転車や荷物を

梱包する為の段ボールの調達及び、荷造り。

そして、それが出来たら、空港へのタクシー

の手配(当然荷物が載せられるような)

多分、これは宿に相談したら何とかなりそうかな?

と思っていた。

そんなこんなで、とりあえず5泊予約した宿。

荷物の到着を待ちながら、する事と言ったら、

部品交換に協力してくれそうな(14mmの六角レンチを

もってそうな)自転車屋探しと、スーパー(主に沃尔玛

ウォルマート)通いと、近隣の行きつけ飯屋通いと、

映画、マンガデータの視聴だった。

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土豆烧牛肉盖浇面(tudoushaoniurougaijiaomian)。

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麻婆豆腐(mapodofu)

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青椒土豆丝盖浇面(qingjiao tudou si gaijiaomian)

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そして、汉堡王!(han bao wang)

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赛百味(sai bai wei)!

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成都の町

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大都会です。

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が、日によって、PM2.5のせいか

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かすんで見える。

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とここでも回锅肉。最強。

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中心街には、日系の伊勢丹やイトーヨーカドーなどの

百貨店もあって、中国には無い日本的な商品も手に入ったり

するし、最上階には日本食料理店などもあって日本食

も食べれたりするが、(50〜100元)くらいするので

とても食べる気にはなれず。CoCo壱番屋のカレーも

日本で食べるくらい(35〜40元くらいしていた)

するので断念。

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しかし、時々、星巴克咖啡!(xing ba ke kafe)スターバックスで

大杯美式咖啡(dabei meishi kafe)を。アメリカーノのグランデを

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部屋では、ネットしたり、大量にもらったマンガデータ

の中からジョジョの〜第4部ダイヤモンドは砕けない東方仗助から、

5部黄金の風、ジョルノ・ジョバーナ黄金なる遺産と駒を進め

6部、ストーンオーシャン 空条徐倫「石作りの海」までやって来た。

なかなかぐうたらな毎日デス。

2017年6月21日、走行、多分12キロくらい(宿移動)

2017年6月22日、走行、0km

     6月23日、走行、0km
     
     6月24日、走行、0km

     6月25日、走行、0km。
posted by yutaka at 15:00| Comment(0) | 中国

2017年06月28日

36時間、さすが中国!!


翌朝、といっても今日、バスが正午12時に出るので

11時頃ここを出ればいい。

朝はゆっくり、でも、何も荷物が無いので

着替えたり、コーヒーでも入れたり

タブレットで調べも物したり(充電が切れた)も出来ない。

しかも、長距離移動のバスで何時間かかるか分からないので

言葉の出来ない俺は、水分や食べ物をあまり取らない方が

いい(トイレ休憩が頻繁にあるのか?分からない)と思って

断食期間にはいる。

チェックアウトするまでは、テレビを見て過ごしていた

もちろん中国語は分からないが、映像と漢字の意味で

内容が何となく分かる。

ニュースではロンドンのマンションで大火事があったようで

58人が死亡のニュースを何度も解説付きで報道していた。

大体、どこの国のニュースのキャスターの花形は女性キャスター

で、その国の美人、どういう女性が美しい、好まれているか?

が分かる仕組みになっているが、中国の女性キャスターは

皆ショートカットが多くパーマを当ててボリュームを出したような

髪型がほとんどだった。中南米では髪の長い、セクシーな衣装

で女を強調するような衣装、化粧のキャスターが多かったのが

印象的だ。

 さて、そんな事を考えながら時間はやっとの事で10時半を回った

何があるか分からないから少し早めに部屋を出た。

ロビーで受付嬢に顔を合わせると

白々しい英語で

「ハロー」と言う彼女。

パスポートはすんなり戻って来た。

いったい何にそんなに時間がかかると言うのか?

謎多き中国。さすがだ。

チェックアウトを済ませ、デポジットのお金を返してもらって

外へ、隣の商店で水500mlペットボトルを1本買う

5元手渡ししておつり3元を

カウンターに放る店主。

さすが中国!

商品、おつりを回収して外へ。

ホテルのすぐ前の大通りでタクシーが通り過ぎるのを

待っていたら、1台のタクシーが停まって、運ちゃんが

こちらを覗く。一人既に女性が買い物袋片手に乗っている

相乗り出来るみたいだ。行く先を書いてくれた昨日の

メモをみせると、「分かった、オッケー」と言う事で

乗った。

乗って話しかけてくる運ちゃんに

「我是外国人」「不説中国語」

と知っている中国語で言うと

後部座席の女性が

「Where are you from?」

と英語で話しかけて来た。

いったいどうなってんだこの国は?

さすが中国!(今回はこっちの意味で。great!と言う事)

どう見ても主婦風の(マスクをしていてチベット系か漢民族かは

確認出来なかった)彼女。

日本からと言うと色々聞いて来た

どこへ行くのとか、ここには何日滞在するの?とか

一人で旅してるのか?とか。

時々運ちゃんにも分かる様通訳してくれる

そしたら、運ちゃんが言うには

俺がチベット人に見えたという。笑

最後にこの英語を話す彼女が

あなたは現地の言葉が分からないから、十分気をつけない

よ。と2回程念を押された。

彼女を先に下ろして、一路バス乗り場へ。

バス乗り場は昨日の運転手が連れて来てくれたので

心配なく乗っていられた。ありがとう!

到着して、いくらか?聞くと25元という。

昨日の話だと15元が相場。

ぼられているが、気持ちよく25元払って降りる

バス乗り場には1時間も前だと言うのにすでに大勢

乗客が待っていた。

言葉がわからない俺はいつ荷物を貨物室に入れるのか

状況を見て決めようと辺りを見ていたら、他の乗客は

荷物を既に載せている様。なので昨日の保管室から

チャリと荷物を出して来て積み込んだ。

12時近くなって搭乗が始まる、荷物チェックも

切符のチェックも何も無い。

さすが中国!

意外と多くの乗客が乗込める寝台風バス

だが、大量輸送のためか?キツキツに設計された

キャビンは小柄な人なら横になって足を伸ばして

居られるが、デカい俺のような奴には居心地の悪い

狭い場所でこれで長距離なら、せめて普通の座席

で狭い方がまだ楽に思えた。

出発してしばらく、昨日と同じ巻き戻しの旅が始まる。

あの不味いパン屋のある歇武镇(xie wu zhen)の町

を通って、坊さんがタクシーから降りてスマホで写真を

撮っていた峠を登り返す。

峠だろうが、バス(原動機付き)なのでグイグイと休むこと

なく登って行く。そして、3人部屋に泊まった

石渠县(shi qu xian)の町中を通り過ぎた

どの景色も見覚えのある景色だったし、どこに何が

あるのかも分かる異国の風景だったけれど、

やはり、奇麗さが全く、自分でチャリで走って見た

景色、必死で宿を探して廻った町並みのリアルさが

違っていて、どこか色あせた風景に見えていた。

しばらく走ったころ、バスが止まった。

どうやら何かの理由で通行止めになってるらしく、

トイレ休憩のため降りてみるがその原因元は遥か

先の方で長い渋滞の列が並ぶのみで見えない。

30分?1時間程待っただろうか、

バスの運転手が何か言う。みんなが荷物をまとめて

降りて行く。

おいおい、困った。ひょっとして、進まないから

バスを放棄して各自で移動手段を見つけるとか?か

と焦った。最後に降りて行った俺に運ちゃんが、

ジェスチャーでバスを乗り換えるという事を伝えて来た

どうも、同会社の成都から玉树を目指すバスが反対側に

来ていて、そこで乗客と荷物を交換(移動して)Uターンして

それぞれ成都と玉树を目指すようだ。

それにしてもバスが出て、まだ150キロくらい。

で、これだ。何があるか分からんな。

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バスを出てチャリと荷物を出して

チャリに載せ

向こう側に歩いて向かう

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とここで渋滞原因を見たが

なぜこうなってるのか意味が分からんかった。

新しい道にかかる小さな橋。

こちらはなんの損傷も無いし、竣工済みの(なぜなら玉树へ

行くときに通った記憶がある)道、橋なのに何故か通せんぼの

土砂の盛り土とブロックが積まれている。そこで渋滞。

そして脇にもう一つ旧道の残骸とめちゃくちゃに壊れた

旧道の橋が。是をみんな野次馬たちが眺め

何か作業をする重機たち。

????

この新しい橋のバリケードを取ったら

みんな通れるだろ!!!???

??????

さすが中国!

確かに数日前にチャリで通ったし、通った時は

こんなバリケードもなく渋滞も何も無かった。

?????

さすが中国!

お互いの乗客を交換する事で事なきを得た

バス会社。運転手も入れ替わって(長時間かけて成都から来た彼らは

また成都へ引き返すというハードな任務)再び走り出す。

峠の手前でヘトヘトになりながらキャンプした河原。

意外にも車道から見たら丸見えの場所だった。

峠のてっぺんで昼飯を絶景の雀儿山(que er shan)率いる雪山群

これも、この日暗くなる頃逆側から登って、本当に晴れていて

雲のない姿で奇麗なはずだったけれど、ちっとも、あの時の

感動や美しさはそこに無かった。

そして、「藏族 欢迎您」

と迎えてくれた马尼干戈(ma ni gan ge)の町。

もうこれをすぎると

暗くなって辺りは見えなくなって行く。

夜の10時前頃、自転車乗りのおじさんと話した

甘孜(gan zi)の町を通り過ぎ、町の外れの飯屋に

この時間に飯休憩?で停まったバス。

みんなは、というか食べない人も俺見たく居たが

食堂で飯を注文して食べていた。

中国人は、飯屋で飯を注文して出て来て食べるが

結構、残す奴が多い。あれも謎。

半分くらい残す奴も居る。

食べられない食材を全部、テーブルのうえに出して行く

奴。

あと、おばちゃんでも面前で平気で手鼻をその辺でかむ奴

(子供もまねして手鼻をかんでトローっと路上に放置する)

あと、痰をやたら「かーっ、ぺっ」とその辺に吐きまくる奴。

これ結構多いPM2.5のせいかとも思ったが、

しない人はしない。

あと、バスの窓から食い終わった桃の芯や飲み終わった

ペットボトル、菓子の袋、カップラーメンの汁などを平気で

捨てる奴。等

教育が成ってないのか?国民性なのか?

他国民として理解に苦しむ行動を(公共のマナーに反する行為)

を平気でする奴が居る。飯屋の敷地内に停まって飯を食べて

外へ出て敷地内でゴミを平気で捨てたり、痰吐いたり、タバコの

吸い殻捨てたり。ここでそうなのだから、

バス内も当然というか、目を疑ったが、

「かーっ、ぺっ」おやじが居てかーっと何度も

やっているのでどうしてるのか?袋か外にでも

窓から捨ててるのかと思っていたが、あるとき

バス内の通路にやってるの見た時は驚いた

それに、怒って言う奴も居ない。


さ!す!!が!!!中国!!!!


と、ここで中国の数ある不思議のごく一部

について触れて脱線してしまったが話を戻して。

俺は飯食べず。だって、お腹が緩くなってしまったら

困る。成らないだろうけど、もし成った時の事を考え

異国で不慣れな状態だから大事をとった。

そして、みんなが終わってバスに乗込んで

さあ、スタート。とおもったら。

バス、動かない。

?????

なんで???

なんと!!!

長距離バスにも関わらず!!!

運転手が2人いるにも関わらず!!!

(そもそもなんで2人居るのか普通は考えたら分かるよね?)

運転手が寝るために10時から翌朝5時まで7時間

(健康的な睡眠時間だよね7時間て、成都から長時間

来てもうすぐ着いて仕事終わりのはずが!

折り返すはめに成って疲れてるもんね。事故起こしたら

元も子もないもんね!!!!!)

バス、飯屋の前で動かず!!!

さー!

すーー!!

がーーー!!!

中国っ!!!!!!

 そして翌朝5時

快眠時間7時間でリフレッシュした運転手が

エンジンを吹かし20日がスタート!!

バスは快調に甘孜(gan zi)から

チャリでくる時出がけにパン屋を発見して買いこそっと

ガソリンを売ってくれたスタンドのある炉霍(lu huo)

ワハハおやじに悩まされテント張りづらかった道孚(dao fu)

そして、八美(ba mei)と完全に俺が通ったルートを巻き戻す

てっきり炉霍(lu huo)から国道317をそのまま成都まで

向かうのかと思ったが、俺の通ったS303号を八美(ba mei)まで

来たのでそのまま亚拉雪山(ya la xue shan)を眺めながら丹巴

(dan ba)へ向かい小金(xiao jin)、日隆(ri long)、

四姑娘山(si gu niang shan)を行って巴郎山(ba lang shan)

の峠を経て成都を目指すのかと思いきや

八美(ba mei)から、S215方面に。

その後G318へ出て成都を目指すルートだった。

が!これがまたトラブルに。

G318に入って少し経ったころ

バスが停まった。

トイレ休憩でもない。

他の車も停まっている。対向車も国道で

メインの幹線道路だと言うのに走ってこない。

どうやら何か遥か前方で起っているようだ。

最初はそのうち解消すると思われた。

のが午後1時頃。しかし、待てども一向に動く気配無し

30分経過、

1時間経過。

今回は向こう側にはバス会社の別のバスは無い。

1時間半経過。

みんなもう諦めて狭い車内をでて

外でタバコ吸ったり

痰を吐いたり。笑

立ち話しに行ったりしている。

公安の車がサイレンを鳴らして追い越して行った。

何だろう?

2時間経った頃やっと公安の車を先頭に

対向車線から大量のトラックや乗用車がすれ違って行く

どうやら解消された様。

でもこちら車線は動かない。

片側交互通行の状態か。

対向車がそれはそれは長いこと大量に行ったあと

やっと渋滞の列が走り出す。

しばらく走って現れた通せんぼの元凶。

それは大型トラック、トレーラー3台に依る多重

衝突事故だった。

道の両端にと言っても国道だがそんなに広くない脇

によせられたトラック、トレーラーは無惨に

潰れ横たわっていた。

まだ、この時点で成都まで400キロ。

その後は順調に走って行った。

が、トイレ休憩や夕飯休憩などなど

遅れているにもかかわらず、確実に休憩をとって

いくので、もう、早く行こうぜと何度思った事か。

余談だけれど、ある休憩ポイントに寄ったとき

小便をしにトイレに入った。トイレは有料。

水洗でもない、奇麗でもないといれ

いわゆるしきりも何も無い「ニイハオトイレ」

噂には聞いていたし、何度もこんなトイレを

見て来たが、複数人で同時に、まさに

ニイハオの状態で入ったのは初めてで

俺は小だったけれど、3人は大。

生でニイハオトイレの現場を見てしまった。

貴重な体験だった。日本では絶対、

どこに行っても見られない異国ならではの光景。

と、また話がそれたが、

結局、高原地帯を降りて

雅安市に出たのが夜の10時過ぎ。

この時点で成都まで130キロ。

ここから高速に乗って行くけれど

途中で乗客を降ろしていくのでその度に降りる

時間、荷物を貨物室から取り出す時間が掛かって

成都に着いた頃は夜中の12時。

しかもどこで下ろされるのか分からないまま着いた

俺はタブレットのマップで確認して

こんなとこかよっ!

と南の石羊公交场站(shi yang gong jiao chang zhan)という

行きたいホステル、というか中心街から14キロ離れた

郊外のバス場だった。

 出口には深夜に着いたバスの乗客向けに宿屋の客引きが

集まっていた。自転車を引いて客引きに話しかけた

外国人だけどといったら、外国人は駄目。という。

さすが中国!

こういうときに、不慣れな外国人は惜しみなく金を、

しかも外貨(そとからのお金と言う意味)を快く払って

くれるのにそれを拒む(というか拒まざるを得ないのか?

公安の指導の関係で)という。


さすが!!

仕方が無いので、チャリに跨がって走り始めた

漕いだら、バスでの揺れでハブの部品のひっかかりが

良くなったのかギアが滑らずに走れた。

深夜、この辺りは郊外過ぎて宿屋も少ない

あっても超高級そうな大酒店ばかり

その中で安そうな酒店えお発見、外にガードマン

彼に日本語で話しながら、

チャリを止める。するとなかへ入って手続きしてこい

と促す彼、受付で怠そうに店番していた若い

ノーブラの女の子。話すと

部屋は無いとの事。

少々、深夜で切れかかった。

だったら、ガードマン招き入れたのはなぜだ!??

ここは宿屋ではないのか!!??

もう中国がさすが過ぎて

部屋が無いという普通の事でも、さすが!

と思ってしまう深夜1時前。

実に36時間1200キロ弱の移動は

思えば運転手の7時間睡眠を

交代でバスの中で運転手が寝て走っていれば

最初の通せんぼと2回目の事故の3時間を

目をつむっても、午後5時頃には着いていたはずなのだ。

さすが中国!

結局、チェーン展開している経済型のホテルを側で

見つけ209元(3553円)と今まで泊まった宿の

なかで最高額だったが疲れきっていたし、14キロ走って

目当てのホステルにいこうかとも思ったけれど

何よりはやく休みたかったのでこれで手を打った。

いや〜今回は疲れた。

もう二度とあのバスには乗らねえ。


2017年6月19日と20日と21日の1時間。自転車走行は多分

2〜3キロ(バス場からホテルまで)

バス移動1166km、36時間。
posted by yutaka at 15:00| Comment(0) | 中国

2017年06月27日

偶然はやはり必然だ


翌日、起きてみると停電もすっかり復旧しているようだった

朝、8時頃までに大方荷物をまとめておいて

階下に行って、宿の女性に書いた中国語文を見せた。

内容はこうだ

「自転車が壊れて走れないので、バスで玉树まで行きたい。

どこでバスが乗れるか教えて下さい」

見せると女性が上の階を指して待っていろとジェスチャー

している様。その後どこかへ携帯で電話している。

すると上から、昨日最初に対応してくれたおじさんが降りて来た

同じように書いた中国語文を見せると、

荷物はまとめてあるのか?

持ってこいと言っている様。

それで部屋から荷物を降ろして来たら、

彼の車に乗せろという。いわれるがまま、セダンタイプ

のトランクに鞄類計6個を押し込む。

当然セダンなのでチャリは乗らない

のでおじさん曰く、乗ってついてこいという

が、自走出来ない。正確に言うと出来る時と出来ない時が

ある。

 ので引いてあるいてついて行く。

バス停まで案内してくれると思いきや、町中に停まっている

カーゴタイプの車の脇に居る男性のところで停まって何やら

話している。

 それは、タクシーだった。おじさんが最初に20元かかるぞ

いいか?と聞いて来たので良いよと答えた。

値段から言って、バス停までだと思っていた。

すると、おじさんとタクシー運転手がもめだした。

すると、100元という話になった。

バス停まで100元でもなんでも、行かねばならない。

それに、荷物が多く重いし、自転車なんてかさばる

ものがあるので高くなっても仕方が無いと思っていた

し、100=1700円程度、それで次のステップへ

行けるなら高くも何ともない。

OKすると、おじさんのセダンから荷物をカーゴタクシー

へ載せる。載せたら後部座席は人が1人乗れるか乗れないかの

スペースしか残らなかった。

自分は助手席にのって運ちゃんを待つ。

運ちゃんはどこからとも無く段ボールを持って来て

自転車と車のシートや内装の間にしいて養生をしはじめた。

すぐに終わって、車は町の外れに向かって走り始める

どこに有るの?バス停?と思いながら、助手席で流れる

景色をみていたら、昨日、入ってくるときに通った町の入

り口までやって来た。道路脇に停まった車の側で男が2人

たってこちらを見ている。

タクシーがとまって、ドア越しに運ちゃんと男が会話する

「去玉树」(玉树行きだよ)

とそのとき初めて、バス停ではなく、これで

玉树まで行くのだと知った。

しかし、玉树まで200キロ弱ある。

それで、タクシーでチャリや荷物たくさん載せて

100元=1700円とは安い。

結局、その男も乗込む事になり、自転車を少し

どかせて自分が後部座席に座り、彼が助手席に

乗って車はスタートした。

 流れる景色は、昨日、通った道を完全に逆回し、早送り

で進んで行く。なんとも、昨日おこった出来事が走馬灯のように

よみがえりながら進んで行った。

 押して歩いた2時間の道のりや、昼食をとった河原、そして

故障を発見して再スタートした道端、さらに、雪が積もった

4800mの峠、キャンプした岩山の脇、崩れかけの仏塔、

3キロの真っ暗なトンネル。

車だと早い、2日間で通った道が数時間で

巻き戻しされる。なんともシュールだった。

雪が積もった景色も、なんだか奇麗ではなかった

やっぱり自分で漕いで走った時の景色の方が明らかに

奇麗だった。

そうこうしているうちに、3時間弱。道も奇麗だし交通量も

少ないのでおじさんは飛ばしまくって、11時頃、玉树の町に

着いていた。自分は先に下ろしてもらい、ネットで調べていた宿屋

をもう一度探すべく(最初に来た時見つけられなかった宿)その

近辺で下ろしてもらった。

荷物をチャリに括り付け、手押しで辺りを探す。

こないだもじっくり探して無かったのだが、

また、普通の安宿に泊まって公安が来でもしたら、

2日前に釘を刺されたばかりなので、不味いかと思って

外国人が泊まるようなホステルに泊まった方がいいかと

思ったので探した。

が、結局見つからず。情報が間違っているのかも。

諦めて、ちょっと高くてもガイドブックに載っている

宿に行こうと歩いていた。

そのとき、偶然の必然は向こうからやって来た。

何と!先日、ケサル王の巨像の前で会話した

チベット仏教のお坊さんが路地を曲がりながら

走る車の助手席から話しかけて来た

「Today, where are you going now ?」

と流暢な英語で話す彼がそのとき神、

いや仏様に見えた。

なんと言う偶然、なんと言う、タイミング。

この時間にここを通らなければ、

それ以前に、3日前に、ケサル王の像前で

彼と会って会話していなければ!

道の脇に停まってくれた車の助手席に座る

彼に事情を説明したら、

着いてこいと言ってバスののれる場所まで案内して

くれた。そこには数台のミニバンタイプの小型バスが

停まっていて行き先別に客を勧誘していた。

が、彼、曰く、今日は警察官が側にきてるから

バスが少ないと言う。どうやら普段は路地びずらりと

並ぶ程バスが来ているようだが、警官が規制するので

別の場所に居るのでは?と言う話だ。

が、結局、そうではなく、時間が12時過ぎと言う事で

バスがほとんど出払ってしまった後だったと言う事が

しばらくして分かった。

彼が言う、時間が遅い、バスがもうでてしまったので

明日朝なら、たくさんバスが来ていて乗れるだろうと。

しかし、ここから成都まで直接行くバスは無いから、

甘孜(gan zi)まで行って乗り換える必要があると言う話。

どちらにしても、ここ玉树で荷物を待つより成都に行った方が

何かと都合がいいし、宿の関係(公安が来た)もあるので

断然成都のホステルを送り先に指定して待つ方がいい。

そんな感じで話していたら、男が一人助けてくれたお坊さん

と話しはじめる。荷物満載の自転車の脇に立つ俺と坊さん

お坊さんは俺の旅の話を彼にし始め、彼は興味を持ったらしく

お坊さん通訳を通して色々話して来た。

どこで寝るのかとか?一人で旅してるのかとか?

そんな中でバスの話になって、この男曰く、

成都への直通バスがあるという話。郊外からでるので

車場は3キロ〜4キロ先の町の外れにあるらしく、

今日も2人の客をそこまで連れて行ったという話。

どうやら、彼はタクシーの運転手のようだ。

毎日出ているかは分からないが、あると言うのは確実という話

お坊さんは知らない、というが彼が言うならあるんだろう

と言う話だ。お坊さんが俺に言う、

そのバス乗り場まで行って聞いて来てみるか?

自分で行くなら行っても良いし、彼、(運ちゃん)

に載せて行ってもらうって言うなら30元で連れて行って

くれるって言ってるという。

もう当然、自分で言っても話せないから、乗りかかった

というか、必然が引き合わせたこの出会いに乗り切って

見る事にした。お願いして彼に載せて行ってもらう

というと、坊さんは相棒(車の同乗者)が車からクラクションで

急かしているのに気づいて、「気をつけてな」

と言って去って行った。

名前くらい聞いておけば良かった。

その後、運ちゃんのバンに自転車と荷物を積み込んで

バス乗り場へ連れて行ってもらう事に。

完全に中国語話せない俺に、色々、ジェスチャーで

辺りの名所や目印を説明してくれる、何とも温かそうな

この笑じわの似合うこの人はとても親切で、

バス乗り場へ着いてから、バス会社の人間に

色々聞いてくれて、バスが成都まで行くのか?

バスの出る時間。料金、など。自分が外国人で

話せない事も言ってくれ、お膳立ては完全にそろった

料金は500元(8500円)とのこと。

1350キロ移動の超長距離バスなので妥当な値段かと

思った。し、何よりも今はここを頼るしか無い。

前払いで払ってチケットを受け取る。バス会社の人

曰く、バスは明日正午12時に出るとの事。

ここの場所の名前も運ちゃんが促してくれて

バス会社の人が俺の手帳に書いてくれた。

そして、運ちゃんが荷物を預かってくれとバス会社

に言ってくれて、チャリ、そして貴重品を入れたフロントバッグ

だけを除いた鞄類を保管室に運び込む。

そして、再び運ちゃんのバンに乗って町まで送ってもらった。

帰りに、銀行に行かないと500元払って手持ちが無い

事をなんとか伝えたら銀行にも寄ってくれた。

親切に、何度も明日12時に出るからと念を押して

教えてくれる運ちゃん、電話番号を教えてくれようとして

どうも、明日も送って行ってくれそうな感じだったけれども

携帯電話を持ってないと言うと、そうか、だったら、

ああいうタクシーを捕まえて行くんだぞと対向車線を走って行く

メータータクシーを指差して俺の手帳に15元と書く彼。

どうやら相場が15元だと教えてくれているみたいだ。

分かったよとありがとうと言って

別れ際に30元を手渡した。

なんだかお金目当てでなく、それはどうでも良い

と言う感じの彼だったが受け取ってくれ別れた。

別れた後、とりあえず宿を取ってネット繋げて

方々にコンタクトを取りたかったので

ガイドブックに載っている見た目が超高級なホテル

のような「拉布寺宾馆」というホテル

入り口のくるくる回る回転式エントランスの上には

デカデカとこないだ公安が言っていた、渉外宾馆の看板

がかかっている。ここなら公安も文句(何も言ってこない)

言ってはこないだろう。と勇んで入って行った。

受付に女性が2人。

いつもなら、真っ先に「我想住宿」

と言うところだが、値段が気になって、壁にある料金表

のような物を見てみると全て3桁で一番安い金額も

300元代から?400元代から?

忘れてしまったが、とにかく、「高っけえ。」

と思った記憶だった。

受付の人に英語で泊まりたいというが

あ〜、外国人ねと言う感じで、英語が話せる

スタッフではない。

渉外宾馆なのに。。。。

ま、いつものように「住宿」(zhu su)と中国語で

言って意図を理解してもらい値段を聞いたら

一人部屋なら150元と300元の部屋があるとの事

150ならいつもより高いが、ま、許容範囲。

150の部屋で決めて泊まる事にした。

堂々とパスポート提示してチェックイン

お金を払ったら、もう一人のスタッフがスマートフォンの

翻訳アプリで日本語変換を使って

「パスポートは登録が終わったら部屋までとどけます。

あなたの部屋は2階にあります」と教えてくれた。

部屋は広かったけれど、150元相当の部屋だった。

古い部屋で掃除もそんなにしっかりと行き届いていない

ま、こんなもんかと思って、ネットに繋いで方々に連絡を

取る。が、しかし、肝心な充電器がバス会社の保管室に

置いて来た荷物の中にある。しかも昨日は停電で充電が

出来ず、残り10%を切っている。

なんと言う、必然。。。?

仕方が無いので最小限の連絡だけ取った

自転車のパーツはなんとか代替え(自分のモデルは

廃盤で同じ物はもう入手出来ない)品があって

修理が利くことを知り、自転車店に手配してもらうように

した。そんなこんなで一段落したのでご飯を食べに町へ

そう言えば今日は昼ご飯も食べていない。

DSC03468.jpg

町の食堂で回鍋肉を注文

品が出てくるまで、とっかえひっかえ物乞いが

店の中に入って来て1元をせがんで来た。

いったい、全員に1元ずつ払っていたら5人で5元

払う事になる。他の客は最初に入って来た人に1元

払っていたが、次も払うのかと思ってみていたら、

2人目以降は払っていなかった。

そうだろう。食堂へ入る旅に5人ぐらいの物乞いが

入ってくるので金がどんどん何も買っていないのに

無くなって行く。

 その境遇も分かるが、アホ臭くて関わってられない

と俺は1元も払わなかった。

回鍋肉。食べ終わってお金を払う、

値段の書いてない店で、味もボリュームも文句無し

だったけれど28元(476円)と中国の飯屋としては

高かった。成都の通った飯屋ではご飯が4杯くらい食べられて

19元(323円)なのに。

やっぱり、田舎というか地方の物流にコストがかかったり

貧しい都市のほうが物価が高い傾向にあるんじゃ無いか

セオリーはラオスを思い出させた。


食事を済ませ他の買い物を済ませ

宿へ。ロビーでパスポートをもらおうとするが、

未だ何かやっている。もう、数時間経っているのに。

公安がまた難癖でも付けて来たのか?と思いもした

がその姿も何も無い。

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部屋で夕飯時間まで過ごしてもパスポートは戻ってこず

夕飯に外出した7時頃、

ロビーを見やるがほかの客が来ていたので

戻りに回収しようと思い町へ。

町のパン屋でパンを買って宿へ帰る

受付に顔を出すと、パスポートを手に

先ほどの受付嬢が「ここを明日出てどこへ向かいますか?」

と訪ねて来た。

それで、成都へバスで行くとバスチケットを見せた。

「旅行で中国に来たのですか?」

と聞いてくるので

そうだと答えた。

すると、「ありがとうございます」

と言って、パスポートが戻って来た。

なんとも、渉外賓館のくせに受付が英語が話せない。

渉外賓館のくせに、パスポート登録に何時間もかかって

しかも、根掘り葉掘り聞いてくる。(公安の聞くような事を)

さすが中国。

 突っ込みどころ満載。

パスポートを受け取って、部屋でパンを食べて過ごした

昨晩あまり眠れなかったので今晩は早く寝る事にして

9時頃にはベッドに入っていたら、

ドアをノックする音。

出てみると!!!???

公安!?では無く、

受付嬢だった。スマホを介して言う

パスポートの登録でしてなかったところがあった

パスポートを貸して欲しい。

明日の朝返すからと言う話。

さすが中国!

結局素直に渡して眠りについた。

ドタバタで写真を撮っている暇が無くほとんど

文章で申し訳ない。

2017年6月18日、自転車に依る旅走行0km。

タクシー移動およそ200km。
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2017年06月26日

岐路


翌朝、テントに降り注ぐパラパラという

音に、雨が降ってるのか。とちょっと

やる気の無さを感じ。

撤収、出発の準備をし始めた。

一通りテント内の片付けが済んで

外に出てびっくり。

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今まで雪は遠くて高い山の頂きにだけ

見ていたが。

今日は辺り一面が白い。

それに空には蓋をするかの様な厚く重苦しげな

雲が。

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テントにパラパラ降り注いでいたのは雪だったのか。

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準備も済んで道に出た。

時間が早いせいも、といっても7時ちょっと前だが

交通量が全く無い。

走り出す。

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坂道を上るに連れて

雪の濃さが色濃くなって行く

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GOPR2035.jpg

GOPR2036.jpg

そして峠のてっぺん

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4800越え

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DSC03482.jpg

真っ白で、吹雪いてますが何か?

それにしても車が本当に少ない

1〜2台すれ違っただけだった。

ここから一気にダウンヒル

緩やかな坂道を転ばないようにブレーキを掛けながら

下って行く。

途中、民家がある。

こんな季節でも雪が降るような、辺りに村も町もない

場所で住んでる人が居る。

さすが中国。

と思いながら

標高を500mくらい下ったころ。

ずっと坂道ではなくペダルを漕ぐような場合も

出て来た頃。

ペダルを漕いだあと、漕ぐのを止める。

そのとき普通なら自転車の車輪だけ転がり続け

ペダルは廻らないはずだけれど、時々

ペダルが一緒に廻ろうとする現象が現れ始めた。

故障?

ずっとメンテナンス出来ていなかった駆動系の掃除、

調整がたたって、調子が悪いんかな?程度に思っていた

気になって停まり、道端で後輪のフリーハブ部分を見てみた

取り外してスプロケット部分を触ってみる

何とガタガタと動くではないか?!

スプロケを止めているナットが緩んでいる

これが原因!?

と思って緩めてスプロケを外す。

外して、ビックリ

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なんと

DSC03484.jpg

割れている

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チタン製のフリーハブボディが割れて中の

ベアリングやら何やらがめちゃくちゃに。。。


絶句。

致命的な故障。

笑うしか無かった。

こんな荒野で、しかもこれから向かおうとしている

ゴルムド(格尔木)への道はさらに町や民家が希薄になる

ルート。

自走出来ない!?

色々頭を駆け巡った。

この部分の部品なんて中国で手に入るはずも無い。

だって、8年前のXTRモデルのハブの部品。

しかも今やディスクブレーキが主流のMTB。

とりあえず、今日どうするか?を先ず考えるようにした

ヒッチハイク?いやいや、俺が人にお願いをすると言うのが

一番したくないジャンルの行動。

なんとか近い町まで行けないか?

ここから最寄りの町と言えば、昨日出て来た玉树市、

しかし、昨日、90、今日28kmくらい走って来たので

120kmくらい有る、し、途中、今来た雪降る峠を

登り返して、闇の3kmトンネルを走っての120km。

あり得ない。もう一つは、今日、目指している町、

治多县(zhi duo xian)。

まで、およそ60km強。これなら距離は半分。

しかも、これ以降、大きな峠は無い(といっても2〜300m

の小さい峠が一つ)の下り基調の道。

ま、先を目指した方が良いだろうなと思う。

でも、そこは市よりも小さい县(xian)

という部類の行政単位。

行きたいというか戻りたいのは玉树市のほうだった。

大きい町の方が交通網も発達している。

パーツを探すにも、取り寄せるにも大きな町がいい。

中国では入手困難なパーツ。

日本から送ってもらうか。

受け取るなら、連泊出来て(到着まで)、住所を

(送り先の)使わせてくれるような宿がいい。

頭に浮かんだのは以前泊まった成都(chengdu)のホステル

だった。あそこなら英語も通じるし、連泊もし易いし、

町だから快適に過ごせるし、何より大都市だから荷物の

到着も早いだろう。

成都(chengdu)まで戻るって、1342km、18日間、走って

来たのでそれを戻るって、ビザ期間は大丈夫か?

など色々頭を巡り始めたけれど

今はとにかく、町に着かないと自走出来ん。

治多县(zhi duo xian)まで行って、そこでバスで

玉树に戻ろう。それよりもネットにつながって、日本

の懇意にしてもらっている自転車店のオーナーと連絡が

取りたかった。

 ハブがフリーに廻るように、割れた部分を

取り外した事に依ってバラバラになってロックが

かかってしまったフリーボディ部をくるくる回して

要らない部分を取ってしまい、組み上げ直す。

自転車に荷物を取り付け下り坂なので跨がって

漕いでみた。ら、意外に漕いで行けるではないか

いずれ、駄目になるだろうけど、今は漕げるのでありがたい

当初60kmを押して歩くしかないかと思っていた。

60km。歩いて12〜15時間。

それを考えたら今日、町まで行ける。

坂道を下りきり、20キロくらい走った、

そこでお昼、昼食を河原で取りながらまた色々

考える。

 が、きょう出来る事は町に着く事

昼食後65キロ地点で上り坂が現れる

この頃になるとギアが滑って空回りし始めるようになって

坂道を上るのは困難。

よって、押して歩く事に。

10kmを手押しで登る

歩いて2時間。

雨は幸い降ってなかったが風が強い

坂をやっと上ってあとは下るのみか?

とチャリに跨がって坂道を下る。町まであと20数キロ

といっても平坦な場所や、ちょっとした登りも時々

現れるので漕がなきゃ進まない。滑るギアを何度も

ペダルを回して、ギアが引っかかる位置になると

動力が伝わって走れるという事を繰り返して

なんとか町にたどり着いた。

小さな町だったが活気がある町

宿も高かろうがすぐに泊めてくれるところが良かった

何よりも、フルパッキングの自転車を漕ぐ事よりも

手で押して歩く事の方が数倍疲れる。

致命的な故障発現と手押し2時間で精神的にも

肉体的にもヘトヘトだった。

見つけた宿は160元だった。何故か180と書いて

あるが160で良いという。もうなんでも良い

Wi-Fiにつながって早く連絡取りたいので、チェックイン

した。宿のおやじにWi-Fiあるか?と聞いたら

有る〜。と、あるのあと、何か言っていた

し、シャワーが今使えないとも言っていた。

そして180が160。

その訳は部屋に入ってやっと分かった。

停電だった。

それもどうやら街全体が。

駄目な時は何やっても駄目ですな。

ネットが使えない。ので今日は出来る事無い

バスがどこで乗れるのか?中国語でなんと言うかを

翻訳サイトで調べたかったが、それも出来ない。


とりあえず腹が減ったので町へ夕食に出かけた

やっぱり、町も停電していた

よく有る事なのか?それぞれの店舗が自家発電機

を持っていて、それでまかなった電力で営業していた。

あの宿は発電機無いのかな?とも思いながら

見つけた清真の店に入った。

清真の店の割にご飯ものの無い店舗で、いつものように

壁にかかっていたメニューの写真や値段の表記も無い。

店員の若い女の子に、ジェスチャーでメニュー無いか?

とやると、

中国人独特の、あの、分からない時のしかめっ面で

「はああああああ?」

と言われた。笑

さすが中国、若い女子でもこの顔するんだ。

なんとかメニューをゲットして

ジャガイモと肉の炒め物の乗った面を頼む。

待っている間、さっきの女子が、店の中の

店員に、さっき俺がやってみせたメニューを開く

ジェスチャーをやって見せて、何か話して、チラチラ

こちらを見ている。

 そりゃそうだろ、見た目は日に焼けてチベット人と

区別つかないだろうけど、俺は外国人。

外国人が、たった一人で、こんな辺鄙な、と言っては失礼だが

チベット高原の辺境の町のこの食堂に来て飯を食うなんてことは

ほとんど皆無だろうから、変な奴に見えてさもありなむ。

やっと出て来た夕ご飯

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食べてみてびっくり

辛い

いつも清真で食べている同じメニューは

辛くない。

本当にここは清真の店か?

値段もこれで20元。

いつもなら相場13〜14と言ったところ

高い。

本当に駄目な時は何やっても駄目。

食べ終わって、帰りに商店でビールとつまみを購入。

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宿に戻る、

停電は終わってない。

諦めてビールを飲みながら今後の事を考える

ネットに早くつながりたい。

明日のバスの件もある

その夜、発電機がやって来たのか?

エンジン音とともに、Wi-Fiルーターの電気が

ともり始めた!

やった!

が不安定で、宿全体の電力を安定して供給するには

能力オーバーなのか、何度もついたり消えたりと

不安定。

 なんとか、途切れる間を得て、バスの件の中国語文

をノートに書き写した。

結局、電気は戻る事無く、発電機も最後には

止まってしまった。

今日は散々な一日だった。

明日はどうかな?

2017年6月17日、走行、96.64km。

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2017年06月25日

玉树を出て



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なかなか80元と高くもない宿で快適だったので

もう少し居たかったが、昨日、公安が来て、明日出て行く

と言って帰って貰ったので、今日は出ない訳にはいかない。

さて、荷物をまとめ、出る事に

水を商店で買う為にちょっとゆっくり目に出る

8時半頃近くの商店で水を買って

S308方面へ

町を出て35キロくらいの地点で

峠が有るはずだった4500m強くらいの

でも、道の整備が進んでいて

トンネルが現れた、これはありがたいのか?

とにかく峠を越えているとなかなか時間が食って

距離がのびない。ここで隧道を通ればかなりの短縮

になる。と思って、その前に手前の空き地でちょっと

休憩した。が今日は天気がよくない。

風が吹いていて、気温は8℃〜10℃なのだが

体感温度が寒い。しかも雨が降って来た。

休憩を終え隧道に望む、

と、看板があり何と長さ3キロ強。

しかも隧道内に照明がついていない。

真っ暗。

仕方なく、荷物からヘッドライトを出し、

自転車のフロントバッグに取り付け照明とする。

観念して走り出す。

交通量がそんなに多くないのでそんなに怖くない

けれど、キロ単位のトンネルは本当に疲れる。

狭いし、暗いし、自分のペースで走れない。

なんとかトンネルを出た

DSC03468.jpg

DSC03470.jpg

出たら雨が上がっていた。

が油断出来ない、またどうせ降ってくる

が、雨具を付けていても蒸れて暑くなるので

下の雨具だけ脱いで走り出す

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遠くに立派な建物が現れた

何かな?ホテル?お寺?と思って

走っていたら

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大きな仏塔まで。

でも近くへ行ってみたら

作りかけの建物。こんな何も無いところに。

しかも、完成を待たずして、もう崩れかけている

放棄された廃墟だった。

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さすが中国。ここまで費やして作ったけれど

それまでの労力と費用はちゃんと消化されたのだろうか?

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いや〜ホント天気が悪い。

ここのところ連日。梅雨か雨期なんかな。

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この日、隆宝镇(Long bao zhen)の町を越えて

しばらく走ると、4800mの峠がある。

その手前で走行90キロそこそこになったのでキャンプしようと

していた。が、やはりいつもの話で

適地に困っていた

道は次第に峠道になって登って行くが、

左側崖下には民家が点在している

結構道路から谷底の民家までは距離があるので

死角さえ確保出来れば問題なさそうだけれど

高原地帯で遮るような物は何も無い。

体も疲れて来たのでいい加減キャンプしたいが、

時間はまだ6時前。

まだ3時間は明るいし。。。。

と思って走っていると左側に古い道の跡と大きな岩山が。

これは死角になる、この裏でキャンプ出来そう!

と思って近づいていく。

と、追い越して行く車から男が何か話しながら速度をゆっくり

落として来た。

??

何なん??

当然中国語は分からない。

ジェスチャーで俺が、大丈夫だからオッケー

だから、早く去れ、的な事を言った

が通じたのか通じなかったのか

車が前方で停まる。

一人の若い男が出て来て

何か話しかけてくる。

めんどくさい、なんで俺がキャンプしようと場所

探していてやっと見つけたナイスな場所で

こいつらがピンポイントで現れるんだ?

おれにキャンプさせないつもりか!!??

自分が外人で中国語分からないと

知っている中国語で言う。

大抵、数分でこういう時は親指でもたてて去って行くが

こいつは去らない。

沈黙が続く。

するともう一人運転していた男が

降りて来て、車のタイヤの後ろに石を置き始めた

長期戦だ。

そいつと先に降りて来た男が何やら話して

俺の周りに来て何か話しかけてくる

おれは日本語で

なんか用か?俺に用があるのか?

と言う。

当然通じない。

疲れてイライラしているので、俺は自転車を

止めてその場に座り込みを決め込む

が二人は何をする訳でもなく

立っているだけで動こうとしない

変な奴だった。

こんな膠着状態が15〜20分

続いた。

本当に何もせず、立って俺の方を見てるだけ。

何しに停まったのか?

俺の側からしてみれば、

?????????

しか思いつかない。

野宿妨害以外の何者でもない

しびれを切らして

チャリに跨がって走り出した

奴らはついてくる訳でもなく

しばらくしたら車に戻って

走り出し、追い越して行った。

??????

さすが中国。変な奴も居る。

100mくらい先に行って停まっていた俺は

またさっきの岩陰に戻って来た

案の定道路からは死角になる場所で

丁度、岩の裏がおおきなポケットのように

くぼんでいてそこに入ってしまえば周りからは

見られないという場所。

テントを張るには狭くすり鉢状になっているので

適していないが、なんとか、まだ6時で明るいので

このすり鉢状を埋め立ててテント張れないかと画策する

ある程度埋まって来たので、それに雨が降りそうだ。

一段落してテントを張った頃に嵐が。

凄い風。雨。

本当に山の天気は変わり易い。

嵐は短期間で終わった。

久しぶりにキャンプらしい

炊事や待ち時間ののあいだまったりしながら

夕食タイムを堪能して

夜を迎える

しかしここのところ夜9時過ぎまで明るいのは勘弁して欲しい

この日、あれだけ雲がずーっと空に有って天気が悪かった

けれど夜はさっと雲が無くなり

満点の星空に覆われた

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辺りは何の光も無く

奇麗だった。

写真はあまり旨く撮れなかったけれど。

2017年6月16日、走行、91.31km。
posted by yutaka at 14:00| Comment(0) | 中国

2017年06月24日

Sorry,I cannot speak Chinese.


昨日は疲れていたのかよく眠れた

起きたらもう7時だった。

起きて紅茶を淹れ、

昨日出来なかったネット仕事を10時まで

そろそろ一段落しお腹もすいて来たので

町へ出る。

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これが泊まっている宿。

昨日の町ブラで市内に自転車店があったので

丁度切れかかっていたチェーンオイルを買おうと

中国語でなんと言うか調べて出た。

店舗について、紙に書いた文字を見せる。

失敗しないように現物の容器も持って来て

見せたのでスムーズに買えた。

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その後、昨日探していた宿の近辺に清真の店を見つけたので

行ってみる。

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羊肉泡馍(yang rou pao mo)があったので注文

25元と高かった。(いつも16〜18くらいだったと思う)

が、これが今までに無い程羊肉が入っていて

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大満足。癖のある羊肉が美味しい。

食事を済ませ、昨日のスーパーで残りの必要な

食材を買い足し、帰りながら町の中心を散歩

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この人の写真入り政府のプロパガンダが。

広場には大きな像が有って

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近づいてみるとこの像に付いて

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格萨尔王(ge sa er wang)、ケサル王

チベットや中央アジアの主要な叙事詩の主人公らしい。

その説明書きが英語でも書いてあったので

脇の石碑を読んでいた、が、色が剥がれて読みづらく

見ていたら、チベット仏教の僧侶らしき4人組が側にやって来て

、そのうちの一人が中国語で話しかけて来た。

俺は困った顔をして

sorry,I can not speak Chinese.

I don't understand.

といったら、

彼が流暢な英語で返して来た

どこから来た?

どれくらい滞在する?

どこへいく?

の質問に答えていて

自分の旅の概要を話したら、

驚いて興味津々で色々聞いて来た。

最後に君の旅が安全であるように願ってる

と言われ、お礼と握手をして別れた。

やはりチベット人は凄いな。

2ヶ月強旅して英語を話す本土の中国人を未だ

見ていないが、意識が違うんだろうなと思った。

いや〜良い経験だった。

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雨が降り出しそうなので帰る事に

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チベット族の銅像

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さて、宿に戻ってビールを飲みながらブログを付けていた。

どれくらい経ったころか?

部屋のドアをノックする音が

出てみると宿の女主人。

何やら階下に来いと言っている。

何かと思って1階に行くと

公安(警察官)が4人。

それを見て、あー。と思った。

中国の宿は外国人が泊まれる宿とそうでない宿

という訳の分からん昔の制度の?なごりがあるのか

ここも含めいつも泊まっている安い現地人が泊まる

様な宿は多分、外国人は駄目で、渉外宾馆という多分

立派な高い宿で泊まりなさいという決まりが有るとか

無いとか。。。。

それがたまたま巡回があって外国人(俺)が泊まっている

と言う事でこういう状況に。

 親分らしきオッサンが中国語で話しかけるが

当然分からんので

Sorry, I don't understand. I cannot speak Chinese.

と言う。ソーリーだけ聞き取って若い警官が

こら駄目だと言う感じで困り顔。

とりあえず身分証をと言うのでそれは分かって

パスポートを取って来てみせる。

ページを広げみていたが、何かをまた

俺に向かってオッサンが言うがさっぱり理解出来ん。

すると別の若い警官がノートに筆談で文章を書くが

分からない漢字が並んで理解不能。

首を傾げると、またまたみんな困り顔。

オッサンはどこかへ携帯で電話を掛け始める。

するともう一人の若い警官がスマホの翻訳アプリで

ここは外国人が泊まれるやどでは有りませんと

いう内容の文を書いて翻訳して来てやっと意思疎通

が出来てほっとした表情の4人。

その後15分〜20分くらいだろうか?

翻訳アプリで

旅をしてるのか?とか

数日ここに滞在するつもりか?とか

聞いて来たので、

明日、出て行くと言う旨を伝えた。

電話で話してたオッサンが話し終わると

パスポートのコピーを取りに店の女主人に

行かせた彼ら、大体定期巡回的なこの職務に

大人が4人も必要なのか?という疑問は払拭出来ない

が、至って俺には紳士的に対応してくる公安だった。

結局、明日出てくという事だったからか、それだけで

終わってもう部屋に行って休んでいいとの事で

彼らは去って行った。

女主人には悪い事したかな?と思いながら

しかし、大体、渉外ホテルかどうかをどう確認するのか?

そんなのが無い田舎の町はどうすれば良いのか?

矛盾だらけの中国が見え隠れする。

女主人も公安が帰っていった後、彼らにしかめっ面

していた。俺には部屋に行きなさいと促してくれた。

その後1時間くらいネット仕事して

6時頃夕飯へ

昨日の不味い回鍋肉屋へいこうかとも思ったけれど

前を通り過ぎて中心街へ

目についた食堂に入ってメニューを

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見ていた。

回锅肉盖饭があったのでもう一度比較するつもりで

それを頼む。

も、発音が悪いので伝わらず、おばちゃんが何か

言ってくる。が理解出来ない。

すると、いつも言われるこの言葉

听不懂(ting bu dong)

言ってる事が分かんないの?

出た。と思いながらその通りです。と思いながら

没有?(無いの?)

と聞いたら

有(あるよ)と

帰ってくる。

また指を指して、じゃあ、回锅肉盖饭ね。

とたのんだら分かってくれた。

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値段も昨日の店と同じ18。

待っている間物乞いの女性が代わる代わる

4人も店に入って来て俺に何やらせがんで来た

2人目の子供を背にした老婆に根負けして

というかかなりしつこかって笑ってしまい。

1元寄付した。

去り際に彼女も笑っていた。

本当に物乞いなのか?職業物乞いなのか?不明だ。

と、やっと出て来た

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見た目も、味も昨日の店と変わらない。

やっぱり回锅肉は四川料理なので四川以外では

期待出来ないのかも。

明日はまた移動日、鋭気を養ってまた走り出そう!

2017年6月15日、走行0km。
posted by yutaka at 16:00| Comment(0) | 中国

2017年06月23日

玉树へ


宿をゆっくり目の8時に出るように準備する。

GOPR2016.jpg

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こんな感じの中庭のある店舗。

田舎の町なのでお客も少なそうだ。

さて今日は50キロ程で玉树市に着いてしまう。

しかもずっと下り。

国道214号線は

狭いけれども路側帯が現れて走り易い。

DSC03468.jpg

昼頃には町に到着。

ネットで調べておいた宿を探すが

ネットで見た場所には宿らしきものが無い

誤差も加味して周辺をくまなく探したが見つからないので

諦めて適当に探す事に。ガイドブックのデータを

もらっていたのでその中でロンリープラネットの

データを見て宿を探してみたら、超高級そうなホテル

の前に出た。本当に80〜160で泊まれるのか?

いつのデータだ?と思って却下。


町に入って来たときに道路沿いに何軒かホテルが

並んでいたのでその辺りに向かって

適当に訪問。

出て来たのは子供。

宿の息子らしい。

中国語でずっと話してくるのでさっぱり

だったので、他を当たろうとしたら

母親らしき女性が戻って来て、部屋を見に来なさい

と言って案内してくれ、1泊80元という。

シャワー、トイレ、テレビ、ネット付き。

これなら問題無い。お願いして身分証を出す

外国人、日本人だと知って、知っている日本語で

嬉しそうに「私は〜」と何度も口にする息子B

女主人も柔和で感じがいい。

荷物運びも手伝ってくれ、無事チェックイン

2泊、休養も兼ねて、する事にした。

溜った洗濯を済ませシャワーを浴びて

お腹が減ったので町へ

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宿の近くのご飯屋に入った。

羊肉泡馍(yang rou pao mo)の文字が店のドアにあったので

頼むと無いとの事。

では、回锅肉盖饭(hui guo rou gai fan)を頼んだ

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これで18元。

見た目もショボいし味も成都で通った回鍋肉とは雲泥

だった。

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朝から雨が降ったり止んだりで寒かったけれど

午後から青空が、アホ見たく太陽の日差しが強い。

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ここのところ雨続きのせいか川の水量が凄い。

町を適当にぶらりとして

スーパーマーケットを見つけ食料を買い出した

これからの走行の為の食料や、今日のおやつや

ビール等。明日もあるので足りない分は明日また来よう。

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その後宿に帰って、ネット仕事や記録などするが進まず。

仕方ないのでNHKのシルクロード特集のデータを見ていたら

もう良い時間に、夕飯はインスタント麺で済ませ

その後もビデオ鑑賞。疲れたようなので早めに就寝

明日は久しぶりに走らなくても良いです。

2017年6月14日、走行53.22km。

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2017年06月22日

パンが不味い時


朝6時に起きた

外は雨。

出たくないが出るしかない。

本当に高原地帯はこの時期雨が多いようだ。

出る頃には止まないか?と期待しつつ準備

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このコンロがめちゃ暖かかった。

結局、8時頃出たが雨は止まず

雨具フル装備で出発。

町を出るとすぐに登りが始まって

1本目の峠。

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4300mを制し。

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走る、雨がちなのは変わらない。

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途中、仏教の町みたいな小さい町を強制的に通るルートで

このお寺の前で立っていた中年のお坊さんに何語か分からないが

手を挙げて声を掛けられたので

「ハロー」と言っておいた。

そして、本日2本目の峠越え

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4700mと書いてあるがおそらく盛ってあるようだ

実際は4550〜4600mくらい

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この峠付近でキャンプでもしようと思ったが、

登る側にはずっと民家が、峠付近には

雨が降っているにも拘らず、タクシーが一台。

外には坊さんとその他大勢が何かしている。

そして下る側は、登る側とは全く違ってかなりの

断崖絶壁の道を下って行く。

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仕方が無いので国道まであと20キロ弱なので

そこまで出れば小さい町が有るそこで

宿を取る事に。

一気に下って歇武镇(xie wu zhen)の町へ

町に着く頃に雨が上がった。

宿はそんなに多くなかった

最初に入った宿、多角経営で何かしら農機具やら工具やら

なんやら、テントまで売っているみせだった。

入って行くと店主らしき男性が、荷物満載の自転車を

見てすべてを察して、こちらが宿の看板を指して

「宾館」と言っただけだけど、自転車を脇に止めろ

指示して他の店の人に部屋に案内させてくれた。

部屋を見てツインルームでそれほど汚い訳でもない

風呂無し、トイレ共同だが水洗。

値段70との事(女性が言う)

それで、泊めてもらう事にして

階下で身分証を提示して店主にお金を払おうとすると

60という。

何はともあれ、安くなったのでありがたい。

町へ夕飯に出かける

入った食堂で適当に注文。

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何か忘れたが、旨かった。

帰りにパン屋に寄った。

店先に置いてあったパンを指差して買う。

店主がものすごく無愛想。

これが中国!とでも言わんばかりの無愛想さ

つっけんどんさに帰り際少し吹き出しつつ

別の商店でビールを買う。

発音が下手でビールが伝わらなかったが、

ここの店主夫妻はとても感じがよく、

どれが欲しいのか中に入って選びなさいと

招き入れてくれた。

これは中国じゃない!と思いながら。

個人的にはこっちのが大好きなんだけどな。

500mlの瓶ビール2本で6元と安かった。


部屋に戻ってさっき買ったパンをちょっと食べてみた

が、激マズい。

どう作ったらこんな味になるのか不思議で仕方が無い

誰が買って行って商売が成り立つのか不思議で仕方が無い。

大きいパン5元

小さいパン1元

だったが、全部同じ色、形、味。

他に店に有ったパンも同様だった。

貧乏だろうな。

と思った。失礼だけど。

2017年6月13日、走行、95.6km。

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2017年06月21日

石渠县へ


昨晩は雨が夜半から降り始めた

テントだからよくわかる。

朝起きたときには止んでいた。

5時に起きてすぐに用意をする。

明るくなる前に撤収して走り始めたい。

てきぱきと準備してパッキングを済ませ

6時15分頃、道に出る為に荷物を運び上げ

終わった頃、馬とバイクに乗った2人組が現れる。

また!中国、野宿し辛ええええ!!!!

なんと言うタイミング。道の脇に並んだ俺の荷物を

覗き込みながら走るバイク野郎。

それに完全に日本語で

「はい、はい、それ、俺のね、俺のだから、It`s mine!」

と言いながら近づいて行くと谷の上の方へ2人は登って行った。

気を取り直して

通行量のほとんどない朝の道路を登って行く。

峠も1時間程、100mくらい登って

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頂上へ

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靄のかかる朝。

この時発見したが、峠の前後は民家が無い事。

昨日もここまで来ていれば野宿がすんなり出来ていたな

と思いながら、しかし、昨日のあの時点でもう走れる

体力、気力は残っていなかったな。と思った。

下ってしばらく進む

そしてまた10時半頃

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来ました峠のてっぺん。

今度は看板撮りました。

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その後、しばらく下って右手に

ダムが見え始め、

ダム湖が出現

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なかなか景色がいい

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順調に走って

夕方4時前には石渠(shi qu)の町に着いていた。

町で宿を探してグルグル廻る。

最初に目をつけた安そうな住宿。

だが、管理人不在。

で次を探す。

次に見つけた宿、

入り口がどこか分からず。

次を探す。もう面倒だったので少々高くても

と思って酒店と呼ばれるカテゴリの宿を訪問

2回に受付が有るので貴重品の入ったバッグのみ

持って2回で話す。

 が、手続きをするまでに30分くらい待たされ、

やっと部屋へ案内されて部屋を見るが、それほど

設備が整っていて奇麗とも言えない。床が汚い

のに値段聞いたら200元と言うおやじ。

経済型ホテルチェーンの汉庭酒店ですら179だったゾ

と過去最高額で中国走行初期にというか最初に仕方なしに

泊まったやど、そりゃもう、奇麗で設備ばっちりで部屋が無駄に

広かった宿。

 本当に200で現地人も泊めているのか?怪しい。

あの汚さで200なんて。外国人で足下見られたかな。

すぐさま断って、次へ。

見つけた宿が草原宾馆。

入って行って家主に話すとシングルルームは空いてない

とのこと、三人部屋で良ければ80元と言われた

部屋を見せてもらって、ホント、ベッドが3つあって

コンロらしき暖房器具があるのみの。

風呂は無い、トイレは共同でボットン便所。

もう、探すのが疲れたのでここで手を打った。

町へ出かけ夕ご飯。

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牛肉入り炒飯で20元もした。

全体的に物価が高いのか?足下見られてるのか?

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2017年6月12日、走行111.33km。
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2017年06月20日

絶景の峠、雪山群。


昨晩、夜中に起きたときは雨が降っていた。

今朝もあまり天気はよくないようだが

幸い雨は降ってないようだ。

行ける。出よう。

朝、身支度して7時に出る様に

荷物を運び出す。

それを見ていた宿のオヤジさんらしき年配の

男性が昨日仕舞い込んだ自転車を出して来てくれた。

親切に荷物を取り付けるのを手伝ってくれた。

最後に握手を交わしてお礼を言って出た。

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走り出してしばらくして青空が見え始めた

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何とも気持ちのいい標高4000弱の世界

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遊牧民の移動式住居(テント)が見える、夏の離宮かな?

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しばらく行くと左手に湖が。

ヤクが放牧してあって向こうの方まで草を食む姿が

絵になる。これを見ていると南米ボリビアのサハマでみた

風景、サハマの前に広がる大平原で無数のリャマが果てしなく

向こうまで草を食む姿の絵と重なる。

これがその景色

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と写真を見返したらこちらの方が雄大だった。笑

さて、見晴し台でちょっと休憩。

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その後いよいよ本日のメインイベント

4500mの峠越えがスタート。

徐々に坂道に。

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と左手の山の稜線の切れ目から雪山が姿を現し始めた。

さぞ名の有る山と思い後でネットで調べたら、

雀儿山(Què'ér Shān,6168m)という山らしい。

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徐々に見えて来たが麓に湖があるようだ。

最初は少しだけ、一つだけ、見えていた雪山は

標高を徐々に上げるごとに真の姿を現してゆく。

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登り始めは雲に覆われていた山頂付近も

徐々に雲が晴れ始め。

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道は途中からガレガレの未舗装ダートになった。

が狭い道なのにも拘らず、大型トレーラーや乗用車が

結構走ってくる。

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時々停まってはの撮影タイムが

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つづら折りを折り返すたびに

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本当に絶景だった。

そして峠はなんとか登って頂上へ。

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手元のGPSの高度計は4574mを指していた。

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とここで丁度お昼。

7時半に出て4時間半走って30キロ弱しか進んでない

のにちょっとびっくりしながらもメインが終わったので

ほっとして、ここ、峠のてっぺんで昼食を。

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道路の脇に登れそうな場所があったので

道の脇の小高い場所で

絶景を見ながら入れるインスタントコーヒーは旨い。

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コーヒー飲みながらラーメンを作って食べる。

食事してたら山の上からバイクに乗ったチベット人が

現れて少し会話にならない会話を交わす。

身振り手振りで、「飯食ってんの」と言って

ニコリと笑う。

しかし、このさらに上に何が有るのか?彼は何

をして来たのか?謎が多い。

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峠に別れを告げダウンヒル。

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雪山の逆側を右手に眺めながら下る。

この日、これで終わったと思ったメインイベント。

夕方頃、天気が下り坂でとうとう雨が。

走行距離も伸びず70キロそこそこで、結構降って来た。

どうしようか(キャンプのつもりだがもう良いサイト

を見つけてキャンプするかどうか?)迷ったが、あとの工程

明日からの工程も有るので100は走りたい。

雨具をフル装備で付けて雨のなか走ることに。

なかなか止む事の無い雨と風に萎えそうになりながらも

昔の旅の事を思い出していた。

北米、カナダ、ブリティッシュコロンビアでアラスカハイウェイ

を走っていたときの事。雨が毎日続いて朝から晩まで数日。

着ている服も靴も、テントも何もかも濡れて、でも周りに

宿も町も無い。あの頃あんな過酷な状況でもよく走ってたな。

リアードの温泉に付いた時も未だ降っていた雨。

懐かしい。あれに比べたら、全然マシだな。

と思ったら走れていた。

結局、90くらい走った頃に雨は止み、

青空が見え始めた。

が、ここでまた別の嫌な問題が。

もうすぐ100kmなのだが、

民家や移動式住居が点在している。

キャンプ出来そうなサイトが無いと言う事。

それに、こちらは既に9時間近く走って、

午前中には峠も越えてヘロヘロなのに

民家の前を通り過ぎるときに、子供たちが

「ハロー!!」

と言って手を振ってくる。

これに最初は答えていたが

回数が増えてくると、正直、申し訳ないが、ウザい。

疲れてるし、キャンプ場所見つからんし、最近、夜9時

近くまで明るいのでイライラしているのに、

いちいち全部に「ヘロー」などと手を振ってられる程

寛大に出来てない俺。時々無視して気づかないふりして

走る。

 チベット高原辺りはキャンプし易いかと期待してたが

これまた、漢民族の世界と同じで、民家がが途切れる事

が無い様。畑は耕してないが、ヤクや馬が放牧してあって

遊牧の民だけに機動力が有る。民家同士が離れていても

周りに草原で何も無いので見つかり易い。

故に良いサイトが見つからない。

この日、ヘロヘロになりながら、あの角を曲がったら

民家が無くなるんじゃないか?という淡い期待を

抱きながら走り続けていると、標高が次第に上がりだす

4000、4100、4200、4300。

結局、峠の手前のつづら折りのカーブ。そこの谷

に付いた頃民家が途切れたので道路から外れて

小川の側でキャンプする事にした。

だが、何故か、丁度逆側で重機で何やら作業してる人が

2名。もう夜7時だと言うのになかなか辞めない。

そして、山の上の方から降りてくる家族連れ風の

一団。こんな時間に何してんだ?こんなへんぴな場所で

俺にキャンプさせないつもりか!?

と心の中で愚痴りながら。

開き直ってテントを張る。

結局作業員はその後、暗くなるまで作業していた。

本当に中国は野宿場所に困る問題は健在だった1日。

2017年6月11日、走行、112.12km。


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2017年06月19日

藏族,欢迎你。


いつも通り朝7時に出発するように荷物を

階下に運び出す。

レセプションは閉まっていて、宿の人が居ない様。

鍵を返したいのに困ったな。と準備を進める。

準備し終わっても未だ起きてくる気配がない。

あっちを覗いたりこっちを覗いたりしていても出てこない。

仕方が無いので入り口の扉の取っ手に鍵を引っ掛けて

出ようとしていると、主人らしき男性が眠気眼をこすりながら

現れて、鍵をドアの取っ手から外しとっていた。

振り返ってお礼を言って出発。

町の外れの商店で水を6L買う。

そして走り出す。

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町の出口が坂になっていてその上に展望台があった

雄大な山々を背景に景色がきれいだ

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しばらく走るとお寺が

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門がなかなか厳めしい

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もう一枚。

お寺を過ぎると下り坂になっていて

再び前方に雪山が

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近くの岩の上で仙人のようなおじいさんが何やら手に

持って天に掲げながら何かを唱えていたが、写真を撮るのは

失礼かと思って撮らなかった。

その後、道はゆっくりと登り始める

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天気はだんだんと青空が見え始める

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時々現れるチベット寺院。絵になる。

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気持ちのいい空のもと

徐々に標高は上がって行き最高4000ちょいまで登って

緩やかに下る

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90キロ強走ってG317とS217の分岐点まで

やって来た。ここで進むルートはS217方面

G317を行くとチベット自治区方面に行ってしまうので

行けない、(知ってる人も居ると思うが、チベット自治区を

旅するには特別な許可が必要なのだ。個人旅行で取るのは

難しいらしい。)のでS217を走って目指すは青海省

の玉树市(Yu shu)。この分岐の小さな町、

马尼干戈(Ma ni gan ge)に宿があったら

泊まろうと思って町に入って行った。

本当に小さい町だったけれど4〜5軒くらいざっと見た

だけでも宿屋があった。

そのうちの一軒に入って行こうとしたら

なかから若い恰幅の良いチベット人男性が丁度出て来た

こちらが話しかける前に僕の出で立ちを見てすぐに察して

「住宿吗?」(宿泊かい?)

と声を掛けて来てくれた

そうですというとすぐに

まあ、どうぞ中に入んなさいと案内してくれて

自分の片言の中国語に

外国人?どこから?

と言う彼、

日本人です、日本から

と言うと、すっごい喜んでくれて

部屋を案内される、数カ所部屋を見せてくれて

どれにする?と言われ4畳くらいの1人部屋を選んだ

テレビもネットも付いて60元と手頃な値段。

部屋が決まると、荷物を運ぶのを手伝ってくれて

色々親切にスマートフォンの翻訳アプリで日本語変換

して教えてくれる。

 明日はどこへ?と言われ、玉树(Yushu)方面へ行くん

だというと玉树(Yushu)まで340〜400キロくらい有るよ

と教えてくれた。

 だから4天(4日)くらいかかる。と僕。

そんなやり取りのあと最後に

藏族(チベット族は)

欢迎你(君を歓迎するよ)

とスマホを介して言われた。なんかとてつもなく嬉しかった。

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その後町へ夕飯に

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一番外れにあった飯屋に入って

回鍋肉炒飯を頼んだ

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おやじが一人で切り盛りする店。

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味はちょっと塩辛すぎたが、まあ、旨かった。

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帰りにパン屋(チベット的な)さんで

揚げパンを買うときも店主がニコニコと対応。

漢民族の店ではあり得ない。と、こちらもニコニコしてくる。

チベット圏、旅がし易そうな感じがして来たゾ。

2017年6月10日、走行、93.53km。
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2017年06月18日

自転車乗り


あさ、7時頃宿を出る。

今日から国道317号線を行くルートになる

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町を出る時偶然立派なパン屋さんを発見。

パンを買ってスタート。

町の出口のガソリンスタンドでガソリンを買おうとした。

「我想买汽油」

と片言でMSRのガソリンボトルを持って言うが

10倍ぐらいで中国語で帰ってくるが何を言ってるかさっぱり

結局、「無い」という返事の様



ガソリンスタンドにガソリンが無い?

他にもスタンドは有るので別のスタンドで聞く事に

さて、2軒目。

同じように言うと

無いとの事だった。

でも自動車が入って来て給油している。

別の若いチベット人男性が出て来て

何やら中国語で言ってくるが分からないので

ノートとペンを鞄から出して筆談。

ジェスチャーでこの携行缶にガソリンが欲しい

料理に使うから

と説明すると、理解してくれた。

でも、店舗に付いている監視カメラを指差して

「できないんだ」みたいな事を言う。

それを聞いて困った様子で居ると、

内緒で入れてやるから付いてこい

と言って、給油機の側へ、

給油機の陰でガソリンを入れてくれた。

持って行く時、服の中に隠して行けと

ジェスチャーで言う彼。

いや〜、雲南で買ったときは普通に買えたけれどな。

めんどくさいな。

と思いながら、お兄さんに感謝して出発。

思いのほか時間を食ってしまった。

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が今日から国道。

何と狭いながら路側帯が出現、走り易い

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道路脇の看板、英語もあまり浸透していない中国

ではあるが、店の名前はスペイン語の「カサ グランデ」。

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チベット仏教の風習なんだろう、よくカラフルな旗がかかっている

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この辺りの民家も立派だ

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仏塔

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ヤクの群れが道路を塞いでプチ渋滞。

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峠が現れひたすら登る。

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眼下に湖

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峠のてっぺん。右へ行くと色达方面らしい。

この色达と言う町、チベット色が色濃く残っていて、

チベットの僧侶の僧坊がいくつも山の斜面一面に広がる

景色が圧巻らしいが、外国人未解放地区と聞いていたので

行けないなと思っていた。し、その先道が抜けられないので

今回は行かない方向で。

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その後、ダウンヒルを一気に下る。

ここから目指す甘孜の町までほとんどずっと下り

楽チンと思ってたが、また少し下って2回目のピークを

登らされる。それを過ぎたら一気に下る。

が途中で土砂降りに会う。

濡れながらなんとか走って甘孜の町へ

宿を適当に選んで交渉、泊まりたい旨と外国人と言う事

を言った後は筆談でやり取りしたらスムーズに行けた。

おばちゃんも親切に、自転車はここに止めなさいと

軒下を案内してくれたりと良い宿だ。部屋はバス、トイレ共同

のツインの部屋で60元と安い。

お腹がすいたので着替えて町へ

ざっと歩いて見つけた食堂へ入る

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頼んだのは大肉面

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美味しかった。

食べ終わってお金を払って出ようとしたとき

斜め後ろに座ってさっきまでスマホで大声で誰かと

長々と話していた男の人が話しかけて来た。

中国語が出来ないと分かると見ぶり手振りとスマホの

翻訳ソフトを使って話しかけてくる。

どうも、道かどこかで自分を見かけたらしく、彼も

自転車乗りとの事。今は車で来ているが、中国国内を

方々、チャリで旅しているようだ。

店先で立ち話して、この後どこへ行くとか、そのルートを

行くなら、町や商店が少なくなるから十分用意していくように

とか、いろいろアドバイスしてくれたりした。

何とも出会いはどこに転がっているか分からない。

お礼を言って別れ町のパン屋でパンを買ってしばらく

町を散策

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町を歩いていたら欧米人を一人見かけた。

こんなガイドブックにでも乗ってるのかなこの町。

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一通り歩いて宿に戻って

パンをつまみに晩酌し始めようとしたところ

ドアをノックする音。

開けてみるとさっき食堂で話をした中国人男性が。

どうも、同じ宿だったらしい。それで俺の自転車や

俺を見て話しかけて来たようだった。

中へ入ってもらって話の続きをする。

今後のルート、自分は玉树まで行くといったので

そのあとどちらへ行くのか?

莫高窟は行くか?

とか、昼間、分岐路の看板が有った色达へは行った?

とか。

色达は未解放地区と聞いていて外国人は行けないから行かなかった

というと、

昨日行って来て、良かったよ、君が行かないのは残念だ

と撮って来た写真をいくつも見せてくれた。

お互いの自転車旅の事色々話した。

年齢を聞いてびっくり62歳との事、

元気なおじさんだ。

おすすめルートを説明してくれた。

そして、気を使ってくれて、早く休みなさいと

話もそこそこに切り上げて楽しい時間は終わった。

2017年6月9日、走行、96.17km。
posted by yutaka at 12:00| Comment(0) | 中国

2017年06月17日

チベット族の町


朝、4時半に起きた。

薄暗いうち(6時前)にスタートしたかったので

見つかりまくって居心地の悪いキャンプサイトから

早く離れたかった。

 テントをしまって、身支度を整え6時前にスタート

だが、手元の水が心もとない。

町を去る前に町中の商店で水を買いに行くも

朝早すぎてやっている店は無い。

仕方が無いので、最悪、川の水を浄水器で濾して水を作れば

行けるのでスタートした。

今日は70キロ強先にある炉霍の町で宿を取るつもりだった。

朝が早かったので9時半頃には半分くらい走ってしまって

いて、朝ご飯も無かったのでお腹が減っていた

だから、早々に道端の河原で休憩してラーメンを作って

食べた。

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再び走り始める

現れる集落、場所に依ってちょっとづつ作りが違ってくるのを

見るのも面白い

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ラマ教(チベット仏教)のお経が書かれたドラムが回転

する施設。

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今日もいい天気だ

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75キロ程なのと、朝が早かったので午後1時頃には

町に到着、

宿を見つけて話す。

最初出て来た女の子が別の女性を

呼ばって来た。チベット族の彼女、

英語を話す。

なので楽に意思疎通出来てチェックイン出来た

なんで英語話せるのか聞いたら

学校で勉強してると言っていた

多くの中国人は英語ほとんど話せないよね

というと、

「そう、でも私はチベット人だから」

と言っていた。

本当にチベットの人は感じがいい。

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町ぶらして夕食を

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またまた出ました回鍋肉。

これが旨いからね。

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チベット族の町は今まで旅した

漢民族の多い中国の町とはひと味違って

民族衣装を着たチベット人が多く行き交って

風情があって粋でカッコいい。

今日はベッドで眠れます。笑

2017年6月8日、走行、74.98km。
posted by yutaka at 13:00| Comment(0) | 中国

2017年06月16日

4000m峠とキャンプ


朝、6時半前にスタートする。

昨日、峠手前10キロ程でキャンプしたので

今日は午前中、10キロ登って、ダウンヒルで八美の町へ

の予定。

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登り始めて数キロほどで現れたのは

温泉だった。

さらに数キロ進んだ道端で道路の側溝から湯気が出ていた

ので止まってみて見ると

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なんと温泉が湧いていた

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触ってみると入れそうなぐらいの適温で暑い

朝の寒さでかじかんだ手を温める。

匂いを嗅ぐと硫黄の匂いが。

は〜、入りてぇ。

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峠のすぐ手前には亚拉雪山への登山口が

遠く向こうに見える雪山が亚拉雪山、標高5820m

チベットの四大神山の一つらしい。

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峠の展望台から

この展望台から峠はひたすらつづら折り。

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雪山をバックにヤクが絵になる。

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今日もいい天気〜。

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なんとかつづら折りを制し峠のてっぺんへ

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振り返って遠くの雪山をパシャリ。

この後ダウンヒルで一気に700m程下って

八美の町へ。

10時頃だった。町の商店で必要な物を買い出す。

そして、出発。


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気持ちのいい天気の中、

気持ちのいい道を行く

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チベット語で何か山肌に書いてある。

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遠くに見える集落と寺院。

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民家が建前中。

この辺りのチベット民家はまた造作が違っていて

1階が石造り2階部分が太い柱が建つ立派な豪邸

が目立つ。

高原という言葉そのままの美しい世界の中を

走るルートで大満足

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遠くに雪山、そしてチベット寺院

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チベット建築。カッコいいしこんな家欲しいな。

夕方、5時頃

道孚县の町に到着したが、

何となくキャンプしたいな〜と思い

市区に入らずバイパスへ

バイパス沿いの土砂廃棄場所の一角に道路から見えない

サイトを見つけてここで暗くなるまで待つ計画でのんびり

しようと思ったけれど、道路反対側の山肌に馬をつれて

何か作業してる人が。

このおばちゃんに最終的に見つかったが知らんふりして

やり過ごす。

次なる刺客は、、、

ワハハおやじ。

やっと暗くなって来た頃(8時半)

テントを張ろうと辺りをというか、道路側

を見上げると、人影が。数人居るようだが

側に民家は無いはず。電灯も持たずに

一人のおやじがワハハワハハと笑ってる。

これが9時頃まで。

俺にキャンプさせない気か??

しかも河を挟んで町の方のスタジアムらしき建物が

ナイターのライトを照らし始め、光はモロにこちら側へ

もう、開き直って9時過ぎにテントを張り始め

なんとか10時に就寝。

ワハハ。笑

2017年6月7日、走行105.66km。
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2017年06月15日

ひたすら登る


きのうの宿の部屋。

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一応ホステルだったので、外国人や若者向けにオシャレな

内装だった。チベット人がオーナー。

町を出る。

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朝日を浴びて輝く町並み。

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出る時最後の商店で水を買う。

今日のルートはひたすら登り。

丹巴がおよそ標高1900m

ここから次の町、八美までがおよそ85キロ

で途中、約4000mの峠がある。

本当に地味にひたすら川沿いに登って行く

道。緩やかに登って行くのでキツくはないが

ずっと登って行くので飽きるし漕ぎ続けなければ

ならないので疲れる。

お昼休みは道路脇の埋め立て地で

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しかし、今日もめちゃくちゃいい天気

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午後からも登る。


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時折、一番軽いギアでも漕いでる自転車が

重くて苦しく感じるときがあって、

なんでだろう?こんな大した事無い傾斜なのに

と思っていたが、止まって自転車を降りてみると

納得。結構えげつない坂だった。

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この日は走行60キロくらいで疲れたし、無人地帯で

川の側に良いサイトを見つけたので早々にキャンプ

する事に。

 のんびり夕飯支度して食べたりして過ごして

1日が過ぎて行った

2017年6月6日、走行、57.34km。
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2017年06月14日

東チベットへ


昨日のトレッキングの疲れを心配していたが、

翌朝起きてみても特に足の痛みも疲れも感じなかった。

が、昨日、調子に乗って白酒を飲み過ぎてしまって、

ちょっと二日酔い気味。

 が、他は問題無かったので予定通り出発する事に。

宿の食堂で10元で朝食が食べられたので、

7時半からとの事で、それまで待って朝食をとる。

写真を取り忘れたが、おかゆとザーサイ、包子、ゆで卵など

中国的朝食だったが、ボリュームが有って大満足。

その後、

荷物をまとめてチェックアウトをする。

宿のお兄さんは英語を話すのでスムーズに意思疎通が出来て

居心地の良い宿だった。

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天気はいいようだ。

ここから今日はひたすら下って120弱走るルート

なので気楽にゆっくり目の8時過ぎスタート。

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途中、町の商店で水と行動食を購入。

店から出てくると一人のおじさんが話しかけて来た

が、中国語なのでさっぱり。

外国人で中国語が話せないと言うと、

どうやら自転車に興味が有るようで、ジェスチャーで

持たせてくれという。

彼が自転車を持ち上げようとすると、なかなか持ち上がらない。

その重さに親指を立てて賞賛してくれた。笑

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さて、今日は憎らしい程の快晴。

昨日、こうだったらトレッキングで良い写真が撮れたのに。。。

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走り始めて、変わったこと。

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それは民家が一変して、チベット的な民族的

民家に変わった。

そう、この辺りは甘孜チベット族自治州という。

そう、チベットではないが、四川省のチベット高原

東に位置するチベット族の住む地域なのだ。

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独特の石を積み上げた外壁に宗教的な模様の描かれた

民家が点在する。


なんだかホッとする。

漢民族の世界から違った国に来た感じが、、、

途中小さな町をかすめて走ったが、

チベット人は漢民族と違って、感じがいい。

荷物満載の自転車を漕いで現れた自分を漢民族なら

気にも留めないけれど、チベット人は結構笑顔で反応

してくれて手を振ったりしてくる。これは正直嬉しい。

歓迎されてる気がする。

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それにしてもいい天気過ぎる。

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昼まで走って、

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道路端で昼食タイム。

午後からも快調に下ってゆく。


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道路に木が。中国の謎。

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時々現れるチベット寺院

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雰囲気ある。

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激流があった。凄い勢いで上流から雪解け水が

流れるその脇に

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民家が。中国人の謎。

この民家、わざわざ、吊り橋まで付けてあって

向こう岸の断崖絶壁の根本に建ててある。

仙人でも住んでるのだろうか?

順調に走って

夕方5時頃には丹巴の町に到着。

到着する前くらいから強風が吹き始め

砂埃が凄かったがなんとか着いて、

調べてあった宿を見つけてチェックインする。

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シャワー、洗濯を済ませ、夕飯を食べに町へ

スーパーも探しながら町を歩く

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谷間にあるこの町、周りの山々はとても雄大で

美しい。なかなか見られない世界だった。

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待ちブラして見つけた食堂に入る

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頼んだのは

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回鍋肉盖饭。

言うなれば回鍋肉丼。

うまかった。

2017年6月5日、走行、112.91km。
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2017年06月13日

长坪沟トレッキング

 
ここ、四姑娘山镇で宿を2泊取った。

2日目朝、天気がよければトレッキングに出かけようと

思っていた。四姑娘山风景区には3つの谷が有って

それを一つ選んでの日帰りトレッキングだ。

が、しかし、昨晩から雨がずっと降っていた。

雨が降ったら辞めて休養日にしようと思っていた。

朝、6時に起きるとなんと雨が上がって晴れ間が!

これは行けると、意気揚々と支度をして、

宿から近いチケット売り場に向かった。

7時から空いているチケット売り場で

入域チケットを買う、入り口までのトランスポートバス

のチケット込みで90元。

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チケットを買ってバスへ乗込む。

まだ早いせいか、お客が来ない。

ある程度人が乗ってから出発する様。

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しばらく待つとお客がたくさん入って来た

思うに全員中国人。

外国人は少ない。

バスに乗る事5分程で

入り口に。

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入り口では売店で軽食や、レインウエアなどが売れれていた。

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馬に乗って楽しむ方法も有る様。

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晴れ間が見えていたが、天気はあまり芳しくない。

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入り口にあるチベット寺院。

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雰囲気が有る。

前半はトレッキング道が整備されていて

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ずーっと渡り廊下上の桟橋が続く。


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途中、ゴミ箱や東屋、トイレや売店があって

初心者や体力に自身の無い人でも気軽に

歩く事が出来るようになっていた。

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本当に奇麗な自然が堪能出来る。

ここも既に標高3400m

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とても美しい景色だが、天気が悪いのが残念。

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ここまでおよそ1時間。

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ヤクが食事中。

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馬も

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途中から道は真剣にトレッキング道になって

ガレガレの場所を歩く。

雨のせいで道が河になってる箇所もあった。

足が、膝が痛くなりはしないかと心配していたが

全く症状は出ず。

歩く事3時間で

開けた場所に出た

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ここでUターン。

日帰りなので残念。

帰り道は途中から雨が降り出した

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堪らず急いで戻る

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結局5000m級、6000m級の山々

四姑娘山の勇姿は見られなかったけれど

チャリで旅して来て、ここでトレッキング

行けた事に大満足で帰って来た。

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町に戻ってご褒美回鍋肉。

2017年6月4日、トレッキング走行距離21.9km。

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2017年06月12日

4000世界へ、しかし雲の中、五里霧中。


昨日は夕飯食べ終わったのが午後5時。

部屋に行っていろいろしてたが

寒いし疲れたので早々に寝た。

ので7時に寝てたとしても、今朝6時

に起きたので11時間。たっぷり寝られた。

寒いのでまだ寝ていたかったが、そうも行かない

今日は50キロ強走って巴郎山峠を制しなければ!

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雨が朝まで降ったり止んだりしていたが

出る頃には上がっていた。

が、天気が悪い

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完全にガスってる。というか雲の中なのか?

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走り始めてチベットっぽい旗が

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さらにヤク。

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こんなところにも美しい華が咲く


つづら折りはここから12キロ地点まで行く。

ここで何と!峠をすっ飛ばす巴郎山隧道なるトンネルが

有るのだが!勇者はそれをすっ飛ばして、旧道の峠道へ!

その後10キロ程走って11時すぎ頃、朝食が無かったので

早めのお昼

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天気が悪いのと、標高も4000までやって来たので

寒い。本当なら絶景を眼下に贅沢昼食ラーメンなのだが。

雲の中の霧雨降るラーメン。

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いつも辛いからと付属の調味料を控えるのだが

今日は全部入れる。寒いので辛さが全然辛くない

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昼食後、

最後の決戦。

ダラダラと最後のつづら折りを登って行く。

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黄色い花

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森林限界で背の高い植物は姿が見えない

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寒いはず、何と残雪が!

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そして遂に頂上

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巴郎山峠、陥落。

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公式には448〜m

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と、車で来られるので結構観光客が居た。

が全く雲の中で景色は見えず。超残念!

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残雪の残る峠付近

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こんなつづら折りを今度は下る。

だんだんと雲の中を抜けて行く

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ヤク。

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放牧ヤク。


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下っている途中、晴れ間が。

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景色は絶景。これが峠付近なら最高だったろうに。

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3300付近まで降りて来て

眼下に町が見える

この町で2泊する事にした。

宿はガイドブックに載っていた

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日月山庄。

明日、天気がよければ

朝から四姑娘山を拝みにトレッキングでもいこうかと。

雨なら無しなので是非晴れて欲しいが、夜半から雨が降っている。

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夕飯は下の町の食堂で回鍋肉。

がこれでご飯込みで29元と観光地価格。

味も成都で通った店よりうまくない。

成都の店はご飯込みでうまくて19元。

なかなか。

2017年6月3日、走行、52.04km。

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2017年06月11日

3000世界へ


昨晩キャンプした場所。

どうも、ブト?ブヨ?と呼ばれる刺す小蠅の生息地で

めちゃくちゃ刺された。小蠅なので服で覆われた箇所は

大丈夫だったが、露出箇所、足が大変でボコボコ。

めちゃくちゃ痒い。そう言えば、アルゼンチンの

サンフランシスコ峠を登るときもやられてしばらく

痒かったのを思い出していた。

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走り出すとやはり観光客向けの宿屋が目に付く

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とりあえず補給には心配なさそうだ。

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道はダラダラと上り調子。

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昨日キャンプした場所が1800だった。

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かわいらしいパンダが2500mをお知らせ

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マイルポストの数字も竹の図柄。

と2800mくらいまでダラダラと登った

あとは、道はつづら折りになって一気に

山の側面を駆け上がる。

3300m付近まで登った辺りで疲れて

休憩していた。中国人も自転車で国内を走ってる

人らが居て今日も数人すれ違った。

つづら折りが始まる前に食堂があってそこでも

昼ご飯を食べてる自転車乗りを見かけた。

その時見かけた2人組が現れ話しかけて来た。

中国語で話しかけて来るので

外国人で、話せないというと。

理解してくれて、Japan?と

なんで察したのか言って来た。

そうそうと言うと後は中国語。

なのでジェスチャーとタブレットでどこまで行きたいか

を話す。

 基本的に中国人チャリダーは身軽だ。

長期ではないのと、自転車のキャリアや鞄が製品として

出回ってないのか?フロントまでキャリアが付いて荷物を

搭載している自転車は見かけた事が無い。

故にほとんど空身の自転車を漕いでるのと同じなので早い

方や俺はフルパッキングの超重量級。だと思う。

量った事が無いので何とも言えないが、ひょっとしたら

70〜80くらい有るんじゃないかと思う。

なので下り坂はめちゃくちゃ早いが、登りは遅い。

し、足が本調子でないのでさらに遅い。

彼らと別れて数百m行ったところに現れた

露天の店のおばちゃんとお姉さんに声を掛けられ

さっき休憩したばかりなのに、またここで

串を買って休憩

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チベットではないが四川のチベット文化圏なので

チベットっぽい感じ。

中国語を話せない自分に商売っけたっぷりの

チベット系のおねえさんが、

泊まるとこどうすんの?と言ってくる。

晩ご飯付きで100元。

泊まって行けとしきりに言う。

100元高くない?と言いつつ

走る気も完全に失せていた午後4時。

ここから4500mまで登って3200m

まで下る50キロで町まで付くが、

ここは流されておこう。

との事で泊まる事に。

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掘建て小屋が彼女らの家の様。

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景色は良い。

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撒きストーブの直火で

圧力釜を使って米を炊く。

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待っている途中でジョンが登場。

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さあ、出来ました

ブエンプロベッチョ。

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多分チベット語で書かれた旗。

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店の看板。

裸電球以外無い

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殺風景な部屋だったけど

ベッドで寝られる幸せ。

標高も3300mになったので部屋でも

9℃とかだった。

2017年6月2日、走行、51.05km。


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2017年06月10日

大渋滞とトンネルと足痛でまたまた70弱


朝まで雨が降ったりやんだり。

しかし、昨晩、大型トレーラーがキャンプしてる

前の道に長々と数台止まっていた。こんな時間に

何にも無い山道の国道に路肩も無いのに道路に止まって

何をやってるのか意味不明だった。

 朝、7時に出るように起きて支度する

出る頃には雨も上がっていた。

出発してすぐに昨晩のトラック、トレーラーの立ち往生

の訳が分かった。

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 渋滞して車線が止まっていたのですり抜けて

原因箇所まで進む

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と、道が狭い為に、カーブでうまく曲がれない牽引型

のトレーラー同士がすれ違えず、また後続車も居る為にバック

もで出来ず立ち往生。

 笑える光景。にらみ合いもしばらくすると

しかめっ面をしながら大声で仕切る中国人ドライバーが

現れる。奴の指示に従って運ちゃんたちがハンドルを

あっちへ切ったりこっちへ切ったりでなんとか解消するので

不思議なもんだ。がこれが一カ所では終わらない。

過ぎればまた次の渋滞ポイントが現れる。

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こんな事を、5〜6回見ただろうか?

これで結構時間がかかった。

それが終わって、ちょっとした峠越え。

峠のてっぺんでも渋滞してて警察が来ていた。

そして国道213号は別れて

G317号とS301号へ別れる

自分のルートはS301方面

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走り始めてしばらく行くとトンネルが。

1800m、500m、

4900m!

長。

トンネルは大体、路肩が皆無。

逃げ場が無い上に、今回は全て登りのトンネル。

疲れる。クラクションの嵐に気を使い走る5キロのトンネル

は辛い。

これをクリアしてしばらく走る。

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非常に整備された道、

時々現れる村には観光客向けの宿や飯屋、商店が

これは走り易い。

が、昼休憩をしようと道路脇に見つけた空き地

に退避しつつ前方を見ると再びトンネルが!

長さ5600m。

ゲッソり。

 昼食で気力を養いつつ。

観念して長期戦に挑む。

結局、これが最後の長いトンネルだった。

が、後半、今度は左膝が痛くなり始め、

右は治ったが。静養のため今日も早々と

野宿する事に。

しかし、このエリアに入って格段にキャンプし易い

場所が増えて来た。ありがたい。

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2017年6月1日、走行、68.68km。
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