2017年04月24日

カンボジア最終日


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昨日の宿は15ドルもした。

が、値段相応にエアコンがあって久しぶりに

快適に過ごす事が出来た。

今日は100キロ強走って

国境の町Bavetで宿を取る予定。

カンボジアの旅もいよいよ最終日になった。

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朝7時に出発。

が既に日差しがヤバい。暑い。

多分、インドシナは今が一番暑い時期なんじゃ

ないか?2月の19日ころベトナム最終日で

日差しが暑いと感じ始めてはや1ヶ月と20日

ずーっと暑かったが、ラオス、タイ、カンボジア

と走ってきて、少しは慣れたかな?と思っているが

やっぱり慣れない。暑いのは暑いのである。

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今日も雲は多いが、快晴で日差しも強い。

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カンボジアらしい景色が一面に広がる。

ホント平原でずーっとフラットな大地に

ヤシの木がチラホラ見える。

青空と白い夏雲、照りつける太陽。

何とも贅沢な時間だ。

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田舎道になって戻ってきたのは

子供たちの「ハロー」攻撃だ

時には大人も。

コレが嬉しい。こちらもなるべく手を振って

返すようにしているが、暑いので、疲れてヘロヘロ

になって居るときは申し訳ないが無視してしまった

時も有るかもしれない。

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途中、補給休憩を交えつつ

走る。が、こう暑いとただの水が本当に旨く

感じる、水ももう暑さで白湯のように温かく

なってしまっているが、水が旨い。

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無事100キロ走りきってバベットに到着。

宿も2軒程聞いて安い方に決めた。

シャワーを浴びて町に出るが

暑さで、また多量の汗が出てくる始末。

堪らずレストランに駆け込んで夕飯

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レストランの値段の表記を見たら

クメール語(カンボジア語)、英語、そして

ベトナム語で書かれそれぞれの通貨で値段表示されて

いた。そう、明日からベトナム。

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よく見かける洗濯屋さん(チェーン展開している)の看板

なかなか、シュールでいい。

 帰りに商店で残っているカンボジアリエルをなるべく

使い切ろうとビールを買った。

するとおつりが、ベトナムドンで帰ってきた

懐かしい!ホーチミンの図柄!

明日からベトナムの旅がまた始まる

2017年4月9日、走行104.85km。
posted by yutaka at 17:00| Comment(0) | カンボジア

2017年04月23日

負の歴史遺産へ


7泊お世話になった宿。

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宿は2階部分から上で、自分の部屋は4階にあった

自転車と荷物を、この写真に写っている細い

通路から入って階段を上がって、3回、往復して

運んで登った。

それと同じ作業を朝した。

し終わる頃には大量の汗が顔中をつたっていた。

 一仕事終えたところで、水分補給して出発

今日はベトナム国境方面へ向かうが、向かう前に

方向が逆になるが、12キロ程寄り道して

プノンペン市街の南西にあるチュンエク大量虐殺センター、

通称キリングフィールドと呼ばれる場所を見学に行く

事にした。ここは1975年〜1979年頃にかけて

ポル・ポトが率いる「クメール ルージュ」によって

罪も無い人々が大量に殺戮された処刑場のあった場所だ。

 ちょっと街からはなれた郊外にあるのでタクシーか

トゥクトゥクと呼ばれるバイクタクシーを利用してくるのが

一般的なんですが、それで10ドル20ドル取られるのも

しゃくなので、自転車でプノンペンを出るときに立ち寄ろうと

決めていた。

 10数キロ走って本当に郊外にあった。

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このキリングフィールドと呼ばれる処刑場は

ここだけでなくカンボジア全土に300以上あるそうで

一番有名な場所がここチュンエクだそうだ。

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8時開園で8時に着いたのでまだ他に訪問者は数える程度

入場料3ドルで音声ガイドレンタル3ドル

の計6ドル。

音声ガイドは自分の得意な言語を選べるので

迷わず日本語を選んだ。

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ここは出てきた遺骨が納められている慰霊塔

と展示物のある小さい博物館以外、

特に建物が残っている訳でないので

音声ガイド無しで廻ったら、何の事やら

さっぱりな感じになってしまう、そんなに

広くないので見て回るだけなら10分、15分

位で済んでしまうだろうが、ガイドを聞きながら

廻ると、ここで起った事の詳細がよくわかり

時間も自分は1時間半弱掛けて廻った。

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慰霊塔にはでてきた遺骨が、科学的鑑定を済ませた上で

おさめられている。

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450体の遺骨がでてきた穴の跡

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このような穴が辺り一面に広がっていて

まだ、奥の方には掘り返される事無く、そのままに

なっている穴が40以上もあるらしい(死者の安らかな

眠りを起こさない為にそのままにしてあるらしい)

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雨が降ったりして地表に現れてくる犠牲者の衣類や

骨、などを施設の人が数ヶ月に一度拾い集めたもの

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この木は乳幼児が頭を打ち付けられて殺された木

発見当時、木にはは髪や脳みそ、おびただしい量の血の跡が

あったとの事。子供まで殺したのは、家族関係者を

根絶やしにして復讐をされない為だとか。

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犠牲者の骨と、歯。

 そんなに遠くない、40数年前に起った事。

カンボジア人が同じカンボジア人、同胞を300万人も殺害した

という事実。国民の3分の1が殺された

それも、独裁者の勝手な理想を実現するために

 何となく知っていた歴史だったけれど

ここへ来て本当にあった事を自分の目で見て知り

考える事が出来て本当に為になった。

ぜひとも、カンボジアに来たなら訪れておくべき

場所だと思う。

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終わり頃、訪問者が増えてきた。

 さて、自転車に戻って、来た道を少し戻り

東進する為に1号線に乗る

プノンペン市街の南端をかすめて

プノンペンを脱出、するまでが大変

車、トゥクトゥク、バイクが嵐のように

入り乱れ、交通マナーが悪いのであっちこっちで

渋滞が起るは、道路工事で車線規制でまた渋滞。

と。それに今日は本当にいい天気で雲は結構あるものの

日差しはバリバリでめちゃくちゃ暑い。

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プノンペンをでると

メコン川が見えてきた。

しばらくメコン川沿いに進むらしい

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日本の援助で作った橋もあった

80キロくらい走って、といっても寄り道分を

引くと70くらい走って、1号線が、ずーっと沿って走ってきた

メコン川を渡る大きな吊り橋に向かう。

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遠くに見えた時、結構デカいなと思った

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間違いなく、中国なら、自転車駄目の標識が現れそうな

クラスの大きさ。笑

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何とこれも日本の援助で作られたようだ。

橋はちょっとした名所になっていて

橋の一番高い場所では両側に人が集まって写真を撮ったり

何故か?何か食べたりしていた。

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確かに景色は良かった。周りに高い建物も山も無い

のでずーっと向こうまで見渡せるから。

橋を過ぎてしばらく行った町で宿を取った

シャワーを浴びて町へご飯食べに。

日差しがあまりにも暑いので

シャワー浴びたのに、もう既にあせダラダラ。

堪らずすぐ現れた食堂へ

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店主が英語でメニューを説明してくれた

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野菜炒めとご飯。

ご飯をおかわり出来て、

2ドルだった。

久しぶりの走行で疲れた

今日はよく眠れそうだ。

2017年4月8日、走行84.74km。



posted by yutaka at 16:00| Comment(0) | カンボジア